第46話 到着と自称と

 ガチャン!

 玄関の扉を、慌ただしく開ける。


 バタバタバタバタ!

 扉が再び閉まるのを待つこともなく、家の中を駆けて。


「ぜぇ、はぁ……」


 を抱えた春輝は、息を切らせながらリビングに飛び込んだ。


「ぜぇ……はぁ……」


 室内を見回す。


 すると、目に入ってきたのは。

 借金取りらしき男が、腰を浮かせている姿と。


 涙を流す、小桜姉妹で。


「ちょ、ちょっと待っていただけますか……!」


 とりあえず、そう叫ぶ。

 ギリギリ間に合ったのだと、信じたいところであった。


「……お兄さんは、何者でしょう?」


 件の男に鋭い視線を向けられ、ちょっとビクッとなる。


「お、俺は……ぜぇ、はぁ……」


 息を整えながら、何と名乗るべきか一瞬迷って。


「俺は、この子たちの……!」


 それから、精一杯胸を張って。


「保護者、です!」


 そう言い切った。


「……なるほど、保護者」


 どこか胡散臭い笑みを浮かべながら、男の目線が露骨に値踏みする光を帯びる。


「僕は、芦田と申しまして。まぁ、いわゆる借金取りというやつなんですけども」


 姉妹の方に一瞬目をやってから、再び春輝を見る男……芦田。


「保護者だというなら、お兄さんがこの子たちの借金を肩代わりしてくれるので?」

「そうです!」


 試すような物言いに、春輝は迷わず頷いた。


「ほぅ……?」


 芦田の表情が、意外そうなものに変化する。


 同時に、伊織たちが目を見開く様も視界の端に入ってきた。


「これで、どうにか足りませんか!?」


 姉妹の方に引き寄せられそうになる目を意識して芦田へと向け直し、春輝は手にした鞄をひっくり返す。


 すると、中から出てきた大量の現金が床にぶち撒けられた。

 それらを拾って、叩きつけるように机の上に積み上げていく。

 最初は、帯札の付いた綺麗な一万円札の束。

 後半になるにつれて、皺の入った五千円札や千円札、小銭も入り混じっていった。


 これらは半日かけて、春輝がに走り回って掻き集めたものだ。


「……ふむ」


 笑顔を引っ込めた芦田が、顎に指を当てて机の上の金を見る。


「こちら、全額返済に当てていただけるということでよろしいのですか?」

「はい!」


 今度も、春輝は迷いなく頷いた。


「そんな、春輝さ……」

「いいから!」


 身を乗り出してくる伊織を、手で制する。


「どうでしょう……足りますか?」


 そして、緊張を胸に芦田へと再度問いかけた。


「……残念ながら、全額返済にはだいぶ足りませんねぇ」

「っ……!」


 小さく首を横に振る芦田に、グッと唇を噛む。


 しかし。


「ですが」


 芦田の顔に笑みが戻った。


「家の売却を停止するには、十分な金額と言えるでしょう」

「本当ですか!?」


 春輝は思わず前のめりになり、確認する。


「えぇ、勿論。こういう業界だからこそ、僕らは嘘はつきませんよ」


 そう口にする芦田の笑顔は今までの胡散臭いものとは異なって、普通の微笑みであるように見えた。


「ここで家を売却するより、お兄さんから搾り取った方が効率よさそうですし……ね?」

「は、はは……頑張ります……」


 春輝が返す笑みは、流石に引きつったものとなる。


「ふっ、冗談ですよ」


 笑みを深めて、芦田が春輝の肩をポンと叩いた。


「僕らはねぇ、やっぱりこういうことしてると色々と醜いものを見ることになるわけですよ。それこそ、子を売る親とかね。実は、全然珍しくもない」

「は、はぁ……」


 急に何の話をしだしたのかと、春輝は曖昧に相槌を打つ。


「だから、たまーにこういうことがあるとね。ちょいと贔屓の一つもしたくなるんです」

「……?」


 春輝が首を傾げると、芦田の笑みが今度はどこかイタズラっぽいものに変化した。


「流石に、全額返済していただくまで家の抵当権をお返しすることは出来ませんが……残りの返済は、お父さんが帰ってくるまでお待ちすることに致しましょう」

「えっ!? それはありがた……!」


 ありがたいです、と言いかけて春輝はハッとする。


「あの、それって結局利子が膨らんでいってしまうんじゃ……」

「ここで『待つ』と言ったからには、無利子でお待ちしますよ」

「えぇ……?」


 実にありがたい話ではあるが、ありがたすぎて逆に疑わしく思えた。


「先程も言った通り、こういう業界だからこそ嘘はつきません。いわゆる仁義を通す、ってやつですね。今の時代でも、あるんですよそういうの」

「な、なるほど……?」


 言いながら、チラリと伊織に目を向ける。

 すると、小さく頷きが返ってくる。


 どうやら、それなりに信用出来る相手であることは確からしい。


「それに、お兄さんが来る前にお嬢さん方には言いましたけどね。僕も、信じているんですよ。彼女たちのお父さんは、いずれお金を用意して帰ってくると」


 芦田の視線を受けて。


「ねぇ?」

『はいっ!』


 今度は、小桜姉妹が揃って大きく頷いた。


「ならまぁ、それを気長に待ちましょう。きっと、お父さんは大物を釣り上げてきてくれますよ」


 冗談めかして肩をすくめてから、芦田は腰を上げる。


「それでは、用件も済みましたので僕はこの辺で失礼します」


 一礼してから、再び春輝に目を向ける芦田。


「お兄さん、お金がご入用の際は是非ともウチをご利用くださいな。お兄さんなら、色々とサービスして差し上げますから」

「はは……」


 本気なのか冗句なのか判断がつかず、春輝は愛想笑いだけを返した。


「今後とも、ご贔屓に」


 最後に胡散臭い笑みを顔に戻して、芦田はリビングを出ていく。


 カチャ、パタン。

 玄関の扉を静かに開け閉めする音が聞こえて。


「………………ふぅ」


 ようやく緊張から解放された気分で、春輝は深く息を吐き出した。


 それから、傍らに視線を向けると。


「春輝さん……」


「春輝クン……」


「ハル兄……」


 三人が、神妙な顔でこちらを見ている光景が目に入ってきた。

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