第49話 変心と接近と

 その日の夕食も、慌ただしく。

 けれど、明るいもので。

 小桜姉妹の顔から先日までの暗さが完全に消えていることに、春輝は密かに安堵していた。


 春輝自身も軽くなった気持ちで、食後にリビングで寛いでいると。


「あっ、春輝さん……」


 そこに、伊織が顔を出した。


「はーるっきクーン!」


 次いで、その後ろから露華がやってくる。

 伊織を追い抜き、春輝の目の前で正座する露華。


 それから、なぜだか顔を俯けゴクリと一度喉を鳴らして。


「……食後の膝枕ターイム! 前に約束しちゃったし、タダでいーよ?」


 笑みの浮かんだ顔を上げ、春輝に向けて手を広げる。


「なんで、俺から頼んだような物言いなんだ……」

「ま、細かいことはいーじゃん! ほら、女子高生のタダ膝だよ!」

「何その謎の造語……」

「さぁさぁ、遠慮せずにドンと来い!」

「はいはい……」


 乗らないと終わらない雰囲気を感じ取り、春輝は腰を上げた。


「……っと」


 そのタイミングで、先にやるべきことに気付く。


「ごめん伊織ちゃん、何か用だったかな?」


 伊織の方へと振り返り、先程の用件を確認。


「あっ、いえ……」


 春輝と露華を交互に見ながら、伊織は何やら言いづらそうにしていた。


「そ、そうだ! 明日の朝食、ご飯とパンどっちがいいですか!?」


 その後に出てきた言葉は、今思いついたものにしか聞こえず。

 最初に言おうとしていたこととは、異なるのではなかろうかと思う。


「ん……じゃあ、ご飯かな」

「はい、わかりましたっ!」


 けれど春輝が答えると、伊織は大きく頷いてキッチンの方に戻ってしまった。


(なんだったんだ……?)


 夕食前の溜め息といい、気になる態度である。


(今度こそは、早めに確認しとくか)


 先の一件での反省から、そう考える春輝だったが。


「お姉のアレ、春輝クンからは下手に触らない方がいいと思うよ?」


 内心を見透かしたかのように、露華がそんなことを言ってくる。


「春輝クンの方からいくとお姉がテンパるのなんて、目に見えてるし……」


 そこで、一旦言葉を止めて。


「それに」


 露華は、ニッとどこか挑発的な笑みを浮かべた。


「そこで引いちゃう程度ならウチがいただいちゃうからね、お姉」


 それは、春輝にではなく伊織への言葉なのだろうか。


「……どういうこと?」


 いずれにせよ意味がわからず、春輝は首を捻る。


「ま、そのうち春輝クンにもわかる時が来るんじゃない? どういう形にせよ……ね」


 露華の意味深な物言いに、ますます疑問は深まった。


「それより、ほら! 膝枕!」


 話はこれで終わり、とばかりに露華はポンポンと自身の膝を叩く。


「まぁ、いいけど……」


 釈然としない思いを抱きながらも、春輝は素直に横になって露華の膝に頭を載せた。


(……やっぱ、伊織ちゃんとはちょっと違う感じだな)


 一番の違いは、が伊織より小さいために顔がしっかりと見えるという点だろう。


「……春輝クン、今ウチとお姉の比べたっしょ?」

「い、いや、そんなことはないけど?」


 ジト目でズバリと言い当てられ、春輝の声は若干上ずったものとなった。


「べっつに、いいんだけどねぇ? 実際、お姉より小さいのは事実だし」


 そうは言いつつもどこか非難の色を感じるのは、春輝に負い目があるからなのか。


「それに、ウチの武器はそこじゃないしぃ?」


 ニンマリと、露華の表情がよく見る笑みに変化した。


「ってことでぇ……春輝クンには、これからじっくりかけてウチの魅力を教えてってあげる。そしたらきっと、ウチの虜になっちゃうんだから。覚悟しててよね、春輝クン?」

「ははっ、そりゃ怖い」


 いつものからかいがまた始まったと思い、軽く流しておく。


「……本気、だからね?」


 けれど、ふと露華の表情が真剣味を帯びて。


「えっ……?」


 春輝は、心臓がドキリと大きく跳ねたのを自覚した。


「……むっ」


 そのタイミングで、そんな声が聞こえてくる。


「しまった、ロカ姉に先を越された……」


 声の方に目を向けると、不満げな白亜が顔を覗かせていた。


「ふっふーん、早いもの勝ちだかんね?」


 露華が白亜に向ける勝ち誇った顔はすっかりいつも通りに戻っており、春輝は密かにホッとする。

 あまりの様変わりに先程の真剣な表情は幻だったのではなかろうかとすら思うが、こちらを真っ直ぐに射抜く露華の瞳はハッキリと記憶に焼き付いていた。


「確かに、出遅れたわたしに落ち度があるのは認める」


 未だ少し動揺が残る春輝の方へと、白亜が神妙な顔で歩いてくる。


「なので、今回はなでなで係で我慢しておくことにする」


 そして、引き続き神妙な顔のままで春輝の頭を撫で始めた。


「えっと……白亜ちゃん、これは……?」


 行動の意図がわからず、先程とはまた違う意味での困惑が春輝を襲う。


「なでなでとは、母性の象徴。こうすることで、ハル兄はわたしの大人の魅力にノックアウトされるはず……ノックアウト、された?」

「あー……うん、された……かな?」


 意味はよくわからなかったが適当に肯定を返すと、ムフーと白亜はドヤ顔となった。


「……実は、お姉より白亜の方が手強いかもね」

「イオ姉にもロカ姉にも、負けないから」

「春輝クン、小さい子好き疑惑があるしなぁ……」

「甚だ遺憾ではあるけど、この際それが勝因になっても構わない所存」


 姉妹の会話も、やっぱり春輝には何のことかわからない。


「……小さい子好き疑惑を事実として定着させようとするの、やめてくんない?」


 なので、とりあえずわかるところにだけツッコミを入れてみたが。


「ま、っつてもお子様に負ける気はしないけど?」

「その台詞は負けフラグだって、いずれ思い知ることになる」


 不敵な笑みを浮かべ合う二人に、届いている様子はなかった。

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