第42話 証言と疑問と

 伊織の『嘘』を空虚な笑顔で流してしまった、翌日。


「あの……課長、ちょっといいですか?」


 出社した春輝は、朝一番で樅山課長のデスクに向かった。


「うん? なんだい?」


 樅山課長が、肉付きの良い首をぷにょっと傾ける。


「小桜さんのことなんですが……その、もう少し業務を調整してやれませんか? 学業が本分なわけですし、あまり遅い時間まで拘束するというのは……」

「ほっほっ、よく知ってるねぇ人見くぅん? 君、最近は定時上がりが多いのに」

「い、いえその、そういう話を聞いたものですから」


 顔が強張るのを自覚しつつも、どうにか言い繕った。


「ま、それはともかく」


 と、樅山課長が表情を改める。


「誤解してほしくないんだけど、あれは本人の強い希望あってのものだからね?」

「……やっぱり、そうなんですか」


 春輝も、薄々そんな気はしていた。

 かつては春輝も終電常連組ではあったが、春輝と伊織では立場も性格も違う。

 まして伊織は貴重な女子高生バイトとして可愛がられているし、仕事を押し付けられているという可能性は低いだろうと考えていたのだ。


「その、理由って聞いてますか?」

「さてねぇ。あんまりプライベートの立ち入ったことを聞くわけにもいかないでしょ?」

「……ですよねぇ」


 言っていることはもっともなので、頷くしかなかった。


「わかりました、ありがとうございました」


 樅山課長に一礼して、席に戻る。


「……先輩、どうかされましたか? 何やら浮かない顔ですが」


 その途中で、貫奈が話しかけてきた。


「……いや、ちょっと寝不足なだけだよ」


 彼女に言っても仕方ないことだろうと、誤魔化しておく。


「そうでしたか。先輩のことなので大丈夫だとは思いますが、身体にはお気をつけて」

「あぁ、ありがとう」


 深夜アニメの視聴やゲームのやり込みなどで学生時代から寝不足状態が多かった春輝なので、貫奈もあっさりと納得してくれたようだ。


「……そういえば、先輩」


 そこでふと、貫奈は何かを思い出したような表情となる。


「昨日って、小桜さんの学校は創立記念日か何かだったんですか?」

「ん……? いや、普通に登校していってたけど……?」


 なぜそんな質問が出てきたのかわからず、春輝は首を捻った。


「……やっぱり、小桜さんの登校状況をご存知なんですね?」

「っ!? い、いや、ほら、近所だから! 割と一緒の時間に歩いてることが多いんだよな!」


 誘導尋問に引っかかってしまったかと、慌てて言い訳を取り繕う。


「それより、急に何の話だ?」

「……まぁいいですけど」


 納得した様子ではないが、小さく息を吐いて貫奈は表情を改めた。


「昨日の昼に、喫茶店で彼女の姿を見かけたので。普通に平日でしたし、創立記念日か何かで学校はお休みだったのかなぁと思ったんですよ」

「そりゃ、昼休みに喫茶店に行っただけなんじゃないか?」

「いえ、そういう時間帯ではなかったですよ? というかそもそも、制服姿ではなくてその店の従業員服っぽい格好をしてましたし」

「バイトってことか……? だったら尚更、見間違いか何かだろ」


 貫奈を疑うつもりはなかったが、伊織が昨日も制服姿で春輝と一緒に家を出たのは確かな事実だ。

 もっとも、逆に言えば日中の行動までは把握していないということでもあるのだが……そもそも、伊織のバイト先は他ならぬこのオフィスである。


「まぁ確かに外から見ただけなので、確実とは言えませんが……」


 そう言いながらも、貫奈の表情から察するにどうやら見間違いだとは思っていないようだ。


「そういやアタシも見ましたよ、人見さぁん」


 とそこで、ちょうど通りかかったらしい後輩が話に入ってくる。

 以前には見られなかった光景だが、最近ではこうして春輝が話しかけられるのも決して珍しいことではなかった。


「見たって、小桜さんを?」

「小桜違いですけどぉ」


 彼女の物言いに、春輝は再び首を傾げた。


「昨日、アタシ有休だったじゃないですかぁ。だもんで、服買いにいったんですけどぉ。妹さんの、ギャルっぽい方の子? 対応してくれた店員さんがその子でしたよぉ」

「は……?」


 今度は、露華の目撃情報のようだ。

 もちろん、露華も昨日は制服姿で春輝と一緒に家を出ていた。


「おっ、そういう話だったら俺もあるよ」


 更に、先輩社員が話に加わってくる。


「あの、妹さんのチビっ子の方さ。なんか昼間っから路上配信してたっぽいぜ? パソコンとカメラ抱えて、投げ銭よろしく的なこと言ってたし」

「えぇ……?」


 次々寄せられる目撃情報に、春輝は困惑した。


(学校行くフリして、バイトや路上配信をやってる……って、ことか……?)


 目撃情報が正しいとすれば、そういうことになる。


 春輝としては、伊織たちを信じたいところではあったが。


(あの子たちが春休み明け頃から俺に何かを隠しているのは確実だし、もしかするとそれに関係してるのか……? 例えば……伊織ちゃんはバイト掛け持ちで……露華ちゃんの疲れも、朝からバイトをしてるせい……白亜ちゃんも学校行かずに路上配信やら収録やらをして、帰ってからパソコンで編集している……と考えると、辻褄は合うな……)


 むしろ、それしかないような気すらしてきた。


(いや、決めつけるのはよくない)


 そう、考えはするものの。


(……今日の昼休み、確かめに行ってみるか)


 春輝は、内心でそう方針を固めたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る