第39話 開始と違和と
春輝にとっては、いつもと同じ平日の朝。
ただ、今までと少しだけ違うのは小桜姉妹と一緒に家を出たという点だ。
「ほら春輝クン、見て見てっ!」
道すがら、露華はそう言いながらトトトッと早足で先行した。
数歩先で立ち止まり、クルクルッと回ってスカートを翻す。
「……何を?」
しかし「見て」と言われたところで何が主張したいのかわからず、春輝は首を捻った。
「ウチの、久々の制服姿……興奮するっしょ?」
ニンマリと笑う露華。
「俺にそんな性癖はない」
歩き出しながら、すげなく返す。
「つーか、久々っつっても数日ぶり程度だろ」
確かに、今の露華は数日ぶりの制服姿である。
しかし実際、特に久々な感じはしなかった。
むしろ出会った時が制服姿だったせいか、春輝の中では未だにそちらの印象の方が強かったりする。
「もう、わかってないなぁ春輝クン」
やれやれ……と、露華はわざとらしく呆れ顔となった。
「女の子がこういう風に言う時はね? 可愛い、って言ってほしいっていうサインなんだよ?」
「はいはい、可愛い可愛い」
「はい出た塩対応! 春輝クン、ウチの身体をホント雑に扱うようになってきたよね!」
「こら、朝っぱらから誤解を招くようなこと言うな」
「夜ならヤってもいいの?」
「その言い方もなんか誤解を招くからやめなさい」
なんて、春輝と露華がじゃれ合うようなやり取りを交わす傍らでは。
「白亜、人が多いから手を繋いでいこうね?」
「むぅ……イオ姉、わたしはそんなに子供じゃない」
手を差し出す伊織に、白亜が頬を膨らませていた。
「そっか……確かに、そうだよね」
「あっ……」
伊織が手を引っ込めようとしたところで、そんな声を出す白亜。
「……子供じゃない、けど」
そして、おずおずと伊織の手を掴んだ。
「でも、手は繋ぐ」
視線を外しながら、呟く。
「ふふっ、そっか。じゃあ、手は繋いでこうね」
「うん」
微笑む伊織に、白亜はムフンと満足げな表情だ。
そんな彼女たち二人も、今日は制服姿である。
春休みが終わり、学生にとっては今日から新年度が始まる。
春輝としては概ね昨日までと同じ日々が続くだけだが、制服で身を包む三人とこうして出社するのは少し新鮮だった。
(……流石に、職質されたりはしないよな?)
内心で、若干の不安を覚える。
(ちょっと歳の離れた兄妹、って感じに見えるだろうし……見えるよな?)
気安いやり取りをしているし、他人とは思われないだろう……と、信じたいところであった。
なんて考えていると、少し歩くペースが遅くなって。
ふと、先を歩く三人を眺める形となる。
「……ところでお姉、なんか春休み前よりシャツがパッツーンってなってない?」
「へっ!? そ、そそそそそ、そんなわけないじゃない!?」
「わたしの見立てでは、春休みの間にイオ姉のお乳がまた更なる大乳に進化している」
「ちょっと白亜、春輝さんの前でそんな……!」
彼女たちの会話を、何とは無しに聞いていて。
「……三人共、何かあったのか?」
ふと、春輝はそんな問いを投げかけた。
なぜだろうか。
彼女たちのやり取りは、少し騒がしくも穏やかで。
実に、いつも通りであるはずなのに。
『っ!?』
三人の身体が、小さく震える。
それから少しだけ間が空いた後、三人揃って振り返ってきた。
「ハル兄、何かとは? 問いかけが曖昧過ぎる」
「それは……まぁ、そうだな……」
自分でも何を思って尋ねたのかイマイチわからず、白亜の問いに答えあぐねる。
「にひひっ、春輝クンもお姉の胸が気になってるんでしょー?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
しかし、露華のノリに合わせるような気にもなれなかった。
「新学年ですから、少し緊張しているのかもしれません」
伊織が、苦笑気味に小さく笑う。
「露華なんて、新入生なわけですしね」
「ま、春休み初日に受け取ってからずっと着てたんで、制服だけはもう着慣れたけどねー」
「わたしも、最上級生として大人な振る舞いを心がけねばと少し緊張している」
露華が肩をすくめ、白亜が少し鼻息荒くドヤ顔を浮かべた。
「そう、か……」
緊張。
なるほど、そう言われればそうなのかもしれない。
それが、どこかいつもと違うように春輝には感じられたのだろう。
だから、ついつい先の問いを発してしまった。
……と、納得出来れば良かったのかもしれないが。
(なんだ、この違和感……?)
気が付けば、春輝は完全に立ち止まっていた。
(今までと同じ笑顔に見えるんだけど……その裏に、何か隠してるような……?)
それは、あまりに漠然とした感覚。
確かに違和感はあるのだが、それが何なのか。
言葉に落とし込むことが、出来なかった。
「春輝さん、どうされました?」
「早く行かないと、遅刻しちゃうよ?」
「電車の時間、もうすぐ」
春輝が悩む傍ら、三人も立ち止まって春輝のことを待っている。
少なくとも表面上、その顔に浮かぶのは何でもないような表情で。
「あぁ……いや」
春輝は、小さく首を横に振った。
「悪い、なんでもない。行こうか」
こんな曖昧な『何か』で遅刻するわけにもいかず、春輝も歩みを再開させる。
致命的な何かを見逃しているような……。
朧げな、焦燥感のようなものを抱えながら。
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