第35話 雑談と回顧と

 それは、春休み終了も間近に控えたとある夕刻のこと。


「すみません春輝さん、荷物を持ってもらっちゃって……」

「いいっていいって。こういうとこでも、どんどん頼ってよ」


 伊織は、春輝と一緒に買い物からの帰り道を歩いていた。


「あの……春輝さん」


 ふと思いついたことを口にするのは、少し勇気が必要だったけれど。


「私たち、その、周りから見るとどんな関係に見えるんでしょうね……?」


 顔が赤くなるのを自覚しながらも、問いかけてみる。


「な、なんて!」


 言い終わってから更に恥ずかしくなって、早口気味にそう付け加えた。


 そんな伊織に対して、春輝はパチクリと目を瞬かせる。


「ははっ、ちょっと歳の離れた兄妹ってとこじゃないかな?」


 それから、返ってきたのはそんな言葉で。


「……そ、そうですか」


 伊織は、ガックリと肩を落としてしまった。


(……なに期待してるんだか、私)


 こうなることはわかっていたのに、と苦笑する。


(春輝さんにとって、私なんて……せいぜい、妹みたいなもんだよね)


 わかっていたはずなのに、チクリと少し胸が痛んだ。


「ふんふんふーん♪ ふんふふーん♪」


 傍らの春輝は、伊織の気持ちになんて少しも気付いていない様子で鼻歌を歌っている。


「それ……葛巻小枝さんのアイドル時代の曲ですよね?」

「おっ、よくわかったね」


 春輝が、パッと嬉しそうな笑みを浮かべた。

 普段はクールな表情が多いのに、こういうところは子供っぽくて可愛いと思う。

 あくまでも、伊織の主観であるが。

 以前は……一緒に暮らすようになるまでは知らなかった、彼の一面だ。


「はい、白亜も最近よく聴いているので」

「流石白亜ちゃん、この曲の良さもバッチリわかってくれてるんだな」


 感心したように、うんうんと頷く春輝。


(白亜に感謝、だね)


 彼の趣味について話せることが、伊織にとっては単純に嬉しかった。


「春輝さんは、やっぱりその曲が一番好きなんですか?」

「うーん……まぁ、勿論声優デビューしてからの曲も全部好きだけどね。やっぱ思い出の曲っつーかさ。しんどい場面を一緒に乗り越えてきたから、思い入れは強いかな」

「そうなんですね」


 嬉しいはずなのに、またチクリと胸が痛む。


「会社で、どんどん忙しくなっていってさ。アニメも全然観れなくなって。あぁこうやってすり潰されていくんだなぁなんてぼんやり思ってたんだよ。社会人ってそういうもんだよなぁって諦めて。そんな時に、小枝ちゃんが新人声優としてデビューしてさ」


 喋りながら、春輝はどこか懐かしげに目を細めた。


「つっても当時の俺は、どうせこの子も毎クール出てきては消えていく新人の一人だろうって思ってたんだけど。ただ、ネットで地下アイドル上がりって情報を見つけて……たまたま、そのCDが売ってるのを見かけてさ。新人声優の黒歴史でも確認してやるかって、悪趣味な気持ちで買ってみたんだ」


 言いながら、少しだけ苦笑。


「でも、実際に聴いてみたらさ……前にも言った通り、熱が凄くて。なんだか勝手に力を貰った気になって……一気に、小枝ちゃんのファンになっちゃったんだ」


 それから、恥ずかしそうに頬を掻いた。


(本当に、葛巻小枝さんのことが好きなんだなぁ……)


 勿論、それが恋愛感情とは別物であることは伊織も理解はしている。


 それでも。


(ちょっと、妬けちゃうなぁ……)


 チクチクと胸が痛むのは、止められなかった。


(私じゃ、そんな風に春輝さんの力になることは出来ないから……)


 いつも、一方的に与えてもらうばかり。


 春輝に言えば否定するのだろうが、少なくとも伊織はそう感じていた。


 今だって。

 から、ずっと変わらず。


「なるほど……そんな思い出の曲だから、会社でも時々歌ってらっしゃるんですね」


 胸の痛みを悟られないよう、努めて明るい口調で相槌を打つ。


「………………えっ?」


 伊織としては、世間話の延長線上のつもりだった。

 が、なぜか春輝はピシリと固まる。


「あっ、ははっ……そういう、心臓に悪い冗談はやめてくれよ。露華ちゃんじゃあるまいしさ……」

「えっ?」

「……えっ?」


 やや硬い笑みを浮かべる春輝の言葉に疑問を返すと、なぜか同じく疑問の声が返ってきた。


「……待て待て」


 こめかみに指を当て、首を横に振る春輝。


「俺、会社で歌ってなんていないよな?」

「いえ、その………………歌って、ます」


 もしかすると、ここは嘘をついてあげるのが優しさなのかもしれない。

 しかし、残念ながら伊織は嘘をつくのが下手くそである。

 事実として、頷くことしか出来なかった。


「……マジ?」

「……マジです」


 春輝の頬を、つぅと汗が流れていく。


「たぶん、集中して作業されてる時に……無意識だったんですね、あれ。邪魔しないよう歌ってる時の人見には極力話し掛けるな、ってバイト初日に教わりましたけど……」

「oh……」


 なぜかちょっとアメリカンな調子で呟いて、春輝は天を仰いだ。


「……ふふっ」


 そんな春輝に悪いとは思いつつも、伊織は耐えきれずに吹き出してしまい。


 同時に、一年程前のことを思い出す。








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近況ノートに特典等の情報を掲載致しましたので、よろしければご確認いただけますと幸いです。

https://kakuyomu.jp/users/hamubane/news/1177354054892287117


どれも楽しんでいただけるものに仕上げたつもりです。

ドラマガ用のTwinBox先生のイラストも大変素晴らしいものなので、是非ご覧いただければと思います。

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