第25話 来襲と詰問と

 笑顔で春輝に向けて手を振る露華と、物珍しげに周囲をキョロキョロと見回す白亜。


「ふ、二人共、なんでここに……!?」


 そんな二人の姿がオフィスの中にあるという状況に、春輝の頬は先程を数倍する勢いで引き攣る。


「やー、今朝ちょっと寝坊してバタバタしてたじゃん? それでほら、これ」

「お弁当、忘れていった」


 露華と白亜は、それぞれお弁当箱と思しき包みを掲げた。


「そ、そうだったか。ありがとう。けど……」


 春輝は、恐る恐るオフィス内を振り返る。


 多数の好奇の目と、貫奈の鋭い視線が突き刺さってきた。


「……先輩。このお二人とはどのような関係で?」


 同僚を代表するように、貫奈が質問……否、詰問してくる。


「えー、こ、この子たちはだな……」


 視線を泳がせながら、必死に春輝が考えを巡らせる中。


「ウチは、春輝くんの恋人でーす!」

「ちょ……!?」


 露華がニンマリとした笑みで春輝の腕に抱きついてきて、思わず春輝の身体が固まる。


「こ、恋人……!?」


 同時に、貫奈の表情もピシリと固まった。


「修羅場か……?」

「修羅場だ……」

「修羅場っとるなぁ……」


 外野からヒソヒソとそんな声が聞こえてくる。


「は、はは……! 冗談が過ぎるなぁ、小桜露華さんに小桜白亜さん……!」


 乾ききった笑みを浮かべながら、春輝は伊織にアイコンタクトを送った。


 すると、同じく頬を引き攣らせていた伊織が大きく頷く。


「そ、そうだよ二人共! あ、皆さんご紹介しますね! 私の妹の露華と白亜です!」


 果たして今回こそ春輝の意図通り、伊織がフォローに入ってくれた。


「ほぅ……? つまり先輩は、小桜さんと家族ぐるみの関係だと……?」


 貫奈の視線に宿る温度が、氷点下にまで下がる。


「家族ぐるみというか、一緒に住……むぐっ」


 口を滑らせそうになった白亜の口を、慌てた様子で伊織が押さえた。


「いえ、その、アレです! 一緒に、す……す……す……素敵な時間を過ごしたので!」

「より深い関係に聞こえるのだけど!?」

「間違えました!」


 伊織、安定のお目々グルグルモードである。


「はー……なるほど、そういう感じね」


 とそこで、露華が小さく呟いた。


「いやー、ごめんなさい! ちょっとからかっちゃいました!」


 そして、ニパッと笑って頭を下げる。

その笑みはよく見せるイタズラっぽいものではなく、年相応……あるいは、年齢以上にあどけない感じのものであった。


「今朝お姉ちゃんと一緒に電車乗ってたら、春輝クンとたまたま一緒になって! お姉ちゃんの職場の人だっていうから興味本位でちょっと話したんです! ウチほら、こんな感じだからすぐに砕けた感じになっちゃうんですよねー! あははっ!」


 演じるは、能天気なギャル……といったところだろうか。


「それで、別れた後で二人共お弁当箱忘れていったのに気付いて! 会社の場所は聞いてたんで、持ってきたんです! ね、白亜!」


 露華に水を向けられ、白亜はコクコクと頷いた。

 無言だったのは、未だ伊織によってその口を押さえられているためであろう。


「たまたま、二人同時に置き忘れた……ということですか……? それに、お弁当箱を単独で電車に忘れるという状況もかなり不自然に思えますが……」

「いやぁ、ホントですね! 二人共、意外と抜けてるんですかね!」


 疑わしげな貫奈の視線を、露華が笑顔で流した。


(無理筋気味ではあるけど、一応破綻はしてない……せっかく露華ちゃんが作った流れだ、ここはこのまま押し通らせてもらうぞ……!)


 心の中で、春輝は一つ頷く。


「そういうことなんだよ、桃井」


 言いながら、意識して真剣な表情を形作った。


「に、俄には信じがたいお話に思えます」


 若干の動揺が伝わってくる貫奈の目を、ジッと見つめる。


「でも、事実なんだから仕方ない」

「そ、そうは言いますが……」


 露骨に泳ぎ始めた貫奈の視線を捕まえるように、ジィィィィッと見据える。


(くっ……! 意識するのは、シリアスなシーンでヒロインと向き合う主人公……!)


 正直、春輝としても人と目を合わせるのはあまり得意でない。

 うっかり気を抜くと自分の方から目を逸らしてしまいそうだったが……。

 己を鼓舞しながら見つめ続けていると、貫奈の視線が一瞬春輝の方に向いたタイミングが訪れて。


「信じてくれ、桃井」


 その機を逃さず、真摯な調子で言葉を送る。


「は、ははははいぃっ! そういうことなら仕方ないですね! 納得しました、はい!」


 すると貫奈は真っ赤な顔でコクコクと頷きながら、早口に言い切った。


「そうか、ありがとう」


 そこでようやく、春輝も表情を和らげる。


(ふぅ……学生時代から、桃井はこうすると言うこときいてくれるんだよな……やっぱり人間、目を見て話すのが重要ってことかな……)


 そして、密かに安堵の溜め息を吐いた。


「で、出たぁ……! 人見の『見つめ合いマジお願い』……!」

「あれで、なんで上手くいったのかよくわからないって顔してるのが凄いですね……」

「まぁ、毎度あれで誤魔化される桃井さんのチョロさもどうかと思うけど……」


 同僚たちの囁き声が僅かに届くが、春輝には何を言っているのかイマイチわからない。


 そんな中。


「春輝クン……」

「ハル兄……」

「おぐふっ」


 ジト目の露華と頬を膨らませた白亜が脇腹を小突いてきたため、妙な声が漏れた。


「何をする……」

「春……人見さん」


 抗議しようとしたところで、呼ばれて振り返る。


 そこにいるのは、笑顔の伊織……だが、妙な『圧』を放っているように見えて。


「な、なんかごめん……」


 気付けば、反射的に春輝は謝っていた。


(俺が何をしたっていうんだ……)


 内心で、ちょっと理不尽に思いながら。

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