第19話 含羞と酩酊と
露華の風呂場突撃、そして退散を経ての夕食の席にて。
「露華……? どうして、さっきからずっとそっぽを向いてるの……?」
「うん、美味しいよお姉」
「いや、そういうことじゃなくてね……」
「うん、美味しいよお姉」
「露華、聞いてる?」
「うん、美味しいよお姉」
「……聞いてないよね?」
「うん、美味しいよお姉」
春輝から全力で顔を逸らしたままで器用に箸を進めながら、露華は「うん、美味しいよお姉」と繰り返すだけの機械と化していた。
「あの、春輝さん……もしかして、露華と何かありました?」
「聞かないでやってくれ……」
おずおずと尋ねてくる伊織へと、苦笑と共にそう返す。
「……何か、えっちな気配を感じる」
ビクッ!?
ボソリと呟かれた白亜の言葉に、露華と春輝が露骨に反応してしまった。
「むぐむぐむぐ……! ごちそうさま! 美味しかったよ、お姉!」
残っていたおかずとご飯を高速で掻き込んで飲み込むと、露華は慌ただしく椅子を立ってキッチンを出ていく。
結局、春輝とは一度も視線を合わせずじまいであった。
その背中を一同見送って、しばらく。
「……春輝さん?」
伊織が、春輝の方に顔を向けてくる。
「露華と、えっちなことをしていたんですか?」
そこに浮かぶのは笑みではあったが、妙な威圧感が放たれているように感じられた。
「ははっ、そういえば食後のデザートにと思ってチョコを買ってあるんだった」
露骨に話題を逸らしながら、春輝も席を立って冷蔵庫に向かう。
「二人共、甘いの好きだろ?」
白々しい笑みと共にチョコレートの箱を取り出し、開封してテーブルに置いた。
「そんな、子供相手みたいな手で誤魔化せると思われているのなら心外です」
と、引き続き笑顔で威圧感を放ってくる伊織であったが。
「まぁまぁそう言わず、まずは一口食べてみ? 美味しいからさ。ほら、あーん」
春輝がチョコを一つ手にとって差し出すと、キョトンとした表情となる。
「し、仕方ないですね。春輝さんにそこまでされては、食べないわけにもいきません」
そして少し顔を赤くして、「あーん」と口を開けた。
「ほい」
そこに、一口大のチョコレートを放り込む。
「むぐ……ありがとうございます……むぐ……ですが、これで誤魔化されたとは決して……むぐ……思わないで……ごくん……くださ……」
緩みかけた口元を無理矢理に引き締めているかのような表情で咀嚼する伊織。
「………………」
かと思えば、なぜか突然口を噤んで俯いてしまった。
「……小桜さん? 大丈夫か? 喉でも詰まったか? 水飲むか?」
その急激な変化に戸惑った春輝は、オロオロと水の入ったコップを差し出す。
だが、伊織に受け取ろうとする気配はなく。
「………………」
しばらくすると、無言のままガバッと顔が上がった。
「……うふっ」
その口元が、へにゃっと緩む。
「うふふふふふふっ!」
そして、声を上げて笑い始めた。
「あははっ! 私は一体、何を怒っていたのでしょう! 世界はこんなにも輝いているというのに! さぁ皆さん、一緒に笑いましょう! あはははははははっ!」
「急にどうした!? えっ、このチョコもしかしてなんかヤバいやつだった!?」
虚ろな目で宙を見ながら哄笑を上げる様はどう見ても何かしらのアレな物質を摂取した人にしか見えず、春輝は慌ててチョコの箱を手に取る。
だが確かに封はされていたはずだし、どこにでもある普通のチョコレートだとしか思えなかった。
「あー……」
白亜が、納得したような……あるいは、「やっちまった」とでも言いたげな声を出す。
「ハル兄。そのチョコ、お酒入りのやつ?」
疑問の形ではあったが、どこか確信が込められているように感じられる問い。
「……確かに、入ってるけど」
箱の裏を見てみると、原材料名の一覧にアルコールの名前が確認出来た。
「でもこんなの、ほんのちょっとだけだぞ……?」
今の伊織の状態も、『酔っている』と言われれば納得できるものではある。
が、そこまでのアルコール量が含まれているとは到底思えず、春輝は眉根を寄せる。
「イオ姉はお酒激弱体質。ちょっとでも入るとこんな感じになる」
そう語る白亜の口調は、諦め気味のものであった。
「そ、そうなのか……? じゃあ、こうなった場合はどうすれば……」
「ごちそうさま」
対処法を聞こうとした春輝を遮り、白亜は手を合わせて席を立つ。
「そうなったイオ姉は寝るまで止めるのは不可能。イオ姉の口にお酒を入れた張本人であるハル兄は、責任を持って最後まで付き合うべき」
「ちょ……!?」
そして、引き止める間もなくキッチンを出ていってしまった。
「……逃げやがった」
その事実一つ取っても今の伊織がどれほど厄介なのかが察せられて、口元をヒクつかせる春輝であった。
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