第18話 風呂と露出と

 色々とあった買い物を終え、帰宅しての夜。


「ふぅ……結構疲れたなぁ」


 風呂場にてシャワーを浴びながら、春輝はそんなことを呟いていた。


「……あっ、ボディソープ切れてる」


 次いで身体を洗おうと腰の辺りにタオルを広げたところで、その事実に気付く。


「そういや、昼に露華ちゃんが言ってたっけか……」


 ちゃんとこの点を認識していた露華が、詰替え用のボディソープを買っていたことを思い出した。

 にも拘わらず頭から抜け落ちていた自分の迂闊さを呪う。


「春輝クーン、ボディソープの替え持ってきたよー」


 しかし折よく、脱衣所の方から露華の声が聞こえてきた。


「あぁ悪い、助かったよ」


 ドア越しに聞こえてくる若干くぐもった声に、安堵の声を返す。


(甘えてくれ、なんて言ったその日にこれじゃ格好がつかないな)


 それから、軽く苦笑を浮かべた。


「ほんじゃ、いくよー」

「うん」


 浴室扉が少し開く。

 その隙間から、詰替パックを持った手が伸びてきた。

 春輝は手の伸ばし、それを受け取……ろうとしたところで、なぜか勢いよく扉が全開となる。


「おじゃましまぁす!」


 そして、健康的な肌色が春輝の目に飛び込んできた。


 露華である。


 身体にはバスタオルが巻かれているが、逆に言えば他の部分は全て露出している。


「ちょ、何してんだ!?」


 あまりの想定外に動揺し、春輝の頭からは目を逸らすという選択肢すら抜け落ちていた。

 腰に広げたタオルのおかげで、こちらの大事な部分も見えていないのだけが幸いか。


「せっかくなんで、お背中流しに来たよー」

「何の『せっかく』なんだよ!?」

「ほら、今日は色々買ってくれたしそのお礼的な? さぁさぁ、遠慮せずに」

「いや、遠慮とかじゃなくて……!」


 そんなやり取りをする中……ハラリ。

 露華の身体に巻かれていたタオルが解けた。


「あっ、ヤバ……」


 露華は焦った声を出すが、それだけ。


 重力に引かれてタオルは落下していく。


 反射的にそれを掴もうとした春輝だがそれも空振り、露華は一糸まとわぬ姿に……。


「なーんちゃって!」


 ならなかった。


 肌色率は更に上がったが、大事な部分はしっかりと布に守られている。


「実は、下に水着を着てたのでしたー! ビックリしたでしょ? でしょ?」


 ニヒヒ、と露華はイタズラを成功させた子供そのままといった感じで笑う。


「春輝クンに喜んでもらおうと、密かに水着を買っ……て……」


 かと思えばその声が徐々に萎んでいき、笑顔もなぜか真顔寄りになっていった。


 そして、その真顔もどんどん真っ赤に染まっていく。


「……?」


 何がどうしたのかと、春輝も露華の視線の先を追っていき。


「っ!?」


 それが、自分の下半身から今にもずり落ちそうなタオル──露華のタオルを掴もうとした時にズレたのだろう──に向けられていることを知覚して、盛大に顔を引き攣らせた。


「げっ……!?」


 なんてやっている間に、ハラリとタオルが地に落ちる。


「っとぉ!?」


 その直前、春輝は奇跡的なまでの反応速度を叩き出してタオルを引き戻した。


 結果、大事な部分はどうにか晒されずに済んだ……はず。


 晒されていないと思われる。

 晒されていないと信じたいところであった。


「……見えて、ないよな?」

「っ……! っ……! っ……!」


 確認すると、露華はコクコクコクと猛烈な速度で何度も頷く。


「……み、みみみみ、見てないからねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 かと思えばこれまた猛烈な勢いで踵を返し、浴室から駆け出ていった。

 「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!」と、ドップラー効果を伴った叫び声がしばらく春輝の耳に届き続ける。


「……何がしたかったんだ、あの子は」


 叫び声が途切れたところで、春輝はそっと浴室扉を閉めながら呟いた。

 自分の防御面は万全だったが、春輝の方の状態にまでは気が回っていなかったということなのだろうか。

 色々とツッコミどころがあるというか、なんとも脇が甘い話であった。


「……とりあえず、身体洗うか」


 現実逃避がてら、露華が置いていったボディソープの封を切る。


 この後夕食ですぐ顔を合わせることを思うと、非常に気まずい思いであった。

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