第17話 贈物と難問と

 どうにか貫奈に見つからないよう、アパレル店を脱出し。


 春輝は、店の前のベンチに座って小桜姉妹が出てくるのを待っていた。


(さて、あとどのくらいかかるかな……)


 時間を潰しがてら他の場所で多少を済ませたりもしたが、まだまだ待つことになるだろう。

 そう考えてスマホを取り出し、適当なサイトを閲覧し始める。


 そうして、しばらくスマホの画面に目を落としていたところ。


「……わっ!」

「っ!?」


 間近で叫ばれ、春輝はビクッと震えて思わずスマホを取り落しそうになった。


「へへー、驚いた?」


 顔を上げると、してやったりとばかりの顔の露華が目の前に。


「露華ちゃんか……」


 まだ若干心臓がバクバク高鳴っているのを自覚し、春輝は苦笑を浮かべる。


「随分早かったな。ていうか、露華ちゃんだけ?」


 それから他二人がいないことに疑問を覚え、問いかけた。


「ん、ウチの分だけ先に選んでお会計してきたの」


 と、露華は手にした袋を掲げて見せる。


「春輝クン、寂しがってるかなーって思ってね」


 そして、ニッと笑いながら上半身を寄せてきた。


「どう? 寂しかったでしょぉ?」


 その際に、大胆に開けた胸元から下着がチラッと見えて。


「ろ、露華ちゃん、見えちゃってるから……!」

「……ふぇっ!?」


 春輝が慌てて目を逸らすと、露華は可愛い叫び声を上げる。


「……ふ、ふふっ。やだなぁ、春輝クン。こんなの、見せてるに決まってるじゃん?」


 反射的にといった感じで身体を引く仕草を見せた露華だが、しかし口元に笑みを浮かべたかと思えばむしろ更なる前傾姿勢を取り始めた。


「そう……」


 それを横目に、春輝はもう少し大きく目を逸らす。


「やっだ春輝クン、照れちゃってる? 照れちゃってるぅ? 春輝クンって、結構純情だよねぇ。あんまりオンナ慣れしてないって感じぃ?」

「うん、まぁ……」

「大体さー。春輝クン、ウチの恥ずかしいとこなんて出会ったその日にもうほとんど全部見ちゃってるでしょ? この程度で動揺するなんて、今更ー」

「うん、まぁ……」

「ほらほら、もっと見てもいいんだよぉ?」

「うん、まぁ……」


 定型で返しながら、春輝は視線を下げないように意識しながら露華の顔を窺い見る。


「ていうか、恥ずかしいならやめとけば?」

「………………はい」


 赤い顔にヒクヒクとぎこちない笑みを浮かべていた露華は、小さく頷いてから笑みを消して胸元のボタンを一つ留めた。


「……あ、あぁ、そうだ」


 若干気まずい空気を払拭すべく、春輝は話題を変えることにする。


「これ、良ければ貰ってくれないかな?」


 ポケットから取り出したのは、道中で通りがかったアクセサリブランドの紙袋である。


 アパレル店を出た後、ベンチで待つ前に一人で買ってきたものだ。


「……え、何? 春輝クン、本格的にウチのこと買っちゃう系?」


 前置きがなかったせいか、露華はパチクリと目を瞬かせた。

 とはいえ本気の口調でないのは、春輝がそういうことを意図する人間ではないともうわかっているからだろう。


「店の前通った時に視線で追ってたからさ。欲しいのかな、って。違ってたらごめん」

「……春輝クン、意外と細かいとこまでよく見てるよね」


 とりあえず勘違いではなかったようで、春輝は内心で安堵の息を吐く。


「でも、だからってプレゼントって発想にはならなくない? ただでさえウチ、今日は好き放題欲しいもの買ってもらったわけだしさ」


 実際、今日の買い物を通して露華はあれが欲しいこれが欲しいと言いまくっていた。


 けれど。


「でもそれは、全部生活に必要なものだったろ? 君自身が欲しいものは一つも言ってない」


 実は結構抜けたところもある伊織をフォローする形で、彼女が見落としていたものを露華が指摘するという構図が続いていたのだ。


「だって、今日はそういう趣旨じゃん?」


 納得いかないのか、露華は眉根を寄せている。


「そうなんだけどさ。なんつーか……君、いっつも気ぃ使ってるだろ?」

「はぇ……?」


 しかし春輝の言葉に、再び目をパチクリさせた。


「お姉さんが気付かないところのフォローしたり、自分がしたいことより白亜ちゃんを優先したりとかさ。今だって、ホントはもっと時間をかけて選びたかったのに俺が退屈しないようにって早めに切り上げてくれたんじゃないか?」


 奔放に見える露華ではあるが──そして実際、そういう部分があるのも確かだが──その実、いつも人のためを思って行動していることを春輝は知っていた。

 そもそも初日からして、姉妹を守るべく自分の身体を差し出そうとしてきたのはまだ記憶に新しい。


「だから、これはお礼……というより、ご褒美? っていうと、ちょっと偉そうかな」


 言葉の途中で少し恥ずかしくなってきて、春輝は苦笑気味に頬を掻く。


「……ちょっと、春輝クンさぁ」


 春輝が差し出す紙袋を受け取り、露華は自身の顔を隠すようにそれを持ち上げた。


「やめてよ、そういうの……ウチのキャラじゃないし……」


 紙袋の向こうに見える顔は、真っ赤に染まっている。


「ま、なんだ」


 春輝は、軽く肩をすくめた。


「姉妹のことばっかじゃなくてさ、たまには自分の欲しいものを素直におねだりしてもいいんだぜ? 露華ちゃんも、まだ子供なんだからさ」


 ぽんぽん、と露華の頭を撫でる。


「……だから、子供じゃないんですけどぉ」


 抗議の声は、いつもより少し弱々しく聞こえた。


「大人ぶってるうちは子供なんだっての」


 引き続き、頭を撫でながら喋る。


「その気遣いは偉いし、正直言えば助かってる部分も大きいけどさ。今は、大人が……俺がいるんだ。ちょっとくらいは甘えてくれ」

「……春輝クンらしからぬカッコつけ」

「ぐむ……」


 自分のキャラと合わぬことをしている自覚はあったので、呻くしかなかった。


(やっぱ、痛い行動だったか……まぁ、そんな気はしてたけど……プレゼントとか頭を撫でるとか、モブキャラな俺がやってもキモいだけだもんな……)


 春輝が内心で反省する傍ら。


「……だけど」


 紙袋を開けて、露華がその中身を取り出す。

 出てきたのは、トップに花の意匠がデザインされたネックレスだ。

 軽く俯いた状態でそれを自身の首に付けて、露華は顔を上げた。


「ありがと、嬉しいよ」


 そこに浮かぶのは、はにかむような笑み。

 よく見せる、からかう調子のものとは違って……素直に笑っている、という感じだ。

 そうしていると、いつもより幾分幼く見えた。


(この子も、こんな風に笑うんだな……)


 何とは無しに、そんなことを考える。


(一緒に暮らしてても、まだまだ知らない面ってあるもんだなぁ……)


 当たり前のことを、今更ながらに改めて思った。


「……ね、春輝クンってさ」


 視線を落としてネックレスのヘッドを弄りながら、露華がポツリと呟く。


「ん? 何?」

「お姉のこと……」


 空気に溶けていくかのような声は、辛うじて春輝の耳に届く程度の大きさだ。


「……いや、やっぱ何でもない!」


 それが突然、いつも通りの声量に戻った。


「なんだよ、気になるな」

「んふふぅ、女の子には秘密が付き物だから……ね?」


 顔に浮かぶ笑みも、すっかりイタズラっぽいものとなっている。


「ところで春輝クン、お姉にも何かプレゼント用意してるんだよね? 白亜も実況者セット買ってもらったわけだし、お姉だけ何も無しじゃ可哀想だよ?」

「あぁ、肩凝りが酷いって言ってたからマッサージグッズを一応買っといたけど……」

「おぉ、いいチョイスだねぇ。にひひ……お姉、ぶら下げてるものが大きいからねぇ」

「なんかオヤジ臭い言い方だな……」

「春輝クンに合わせたんだけど?」

「いや、俺はまだ『お兄さん』の範疇だから……」

「………………うん、そうだね。春輝クンは、お兄さんだよね」

「おい、なんか優しい目で言うのはやめて差し上げろ! 普通に傷つくから!」

「あっはー、冗談だって! 大丈夫大丈夫、春輝クンはちゃんとお兄さんだからさ! ウチ、春輝クンとだったら全然付き合えるしねっ!」

「まぁ、それは俺の方が無理だけど……」

「ちゃんとフォローしてあげたウチに対して何なのその仕打ち!?」


 なんて。

 それは、先の一件などなかったかのようなあまりにいつも通りのやり取りで。


(……知らない面っつーか、女の子のことは俺には一生わからんかもな)


 内心で、お手上げのポーズを取る春輝であった。

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