第16話 選定と遭遇と

 結局、四人揃ってアパレル店に入り。

 店内で開催されたのは、まさしく『ファッションショー』であった。


「ほら春輝クン、これ良くない? 胸元も開いてて、お姉のセクシーさをアピール!」

「イオ姉にはやっぱり清楚系……ハル兄もそう思うでしょ?」


 ただし、先程からモデル役を務めるのは伊織のみ。

 入店早々から、露華と白亜が競い合うように伊織に似合う服を見繕っていた。

 春輝としても、それ自体は構わないのだが。


「……なんでいちいち俺に判定させるんだ?」


 その点だけが、腑に落ちなかった。


「それは……」

「ねぇ……?」


 姉妹だけで通じ合うものがあるのか、二人は意味深に視線を交わし合うのみである。


「小桜さんも、俺なんかに判断されても嫌だろ?」


 仕方なしに、伊織の方へと水を向けてみた。


「いえ! 私、春輝さん好みになりたいと思っていますので!」


 しかしそんな力強い答えが返ってきて、ますます困惑することになる。


「……あっ、あっ、違います! 間違えました!」


 一瞬遅れて、伊織の顔が真っ赤に染まった。


「その、男性に好かれる感じになりたくて! いえそれじゃ尻軽女みたいになっちゃう気もしますが、それも違ってですね! 特定の男性だけでいいと言いますか! 特定の男性と言っても気になる相手がいるわけではなくいやいないわけでもないのですが……!」

「わ、わかったから、一旦落ち着こうか?」


 伊織の目がグルグルと回り始めたので、その背を叩いて宥めにかかる。

 ぶっちゃけ、周囲の視線が気になった。

 ただでさえ、店内の客のほとんどが女性で少々気まずいのだ。


「そうだねお姉、とりあえずちょっと落ち着こうね」

「イオ姉、どうどう」


 露華と白亜もそれに加わり、徐々に伊織の様子も平常モードに戻ってきた。


「す、すみません、取り乱しました……」

「ははっ……いいよ、気にしないで」


 何度も見た光景に、実際いい加減慣れ始めている春輝である。


「そ、それより二人共、そろそろ自分の分を見繕ってきなさい? いつまでも春輝さんに付き合わせちゃうのも悪いでしょ?」

『はーい』


 伊織の言葉に素直に頷き、露華と白亜はそれぞれ店内へと散っていった。


「……ところで、春輝さん」


 それを見送ってから、伊織はまだ少し赤い頬を隠すように両手の服を持ち上げた。


 それぞれ、先程露華と伊織が見繕ったものである。


「どっちの方が、好みですか?」

「………………俺個人で言うと、白亜ちゃんが選んだ方かな」


 しばしの沈黙を経て、春輝は露出の少ない方の服を指差した。


「なるほどっ! じゃあ、こっちを買うことにしますねっ!」


 すると、伊織はパッと笑みを輝かせて春輝が指した服を抱きしめる。


「いや、俺なんかの意見は参考にしない方が……」

「いえ、実は私もこっちの方が良いと思ってましたので!」

「そ、そう……? それならいいけど……」


 伊織が時折発揮する謎の押しの強さに、春輝としては頷く他なかった。


「それでは、店内にいるのも気まずいでしょうし後は外で待っていただければと」

「ん……? まぁ、ここまで来たら最後まで付き合うけど?」

「あ、いえ、その……」


 言葉を濁し、目を背ける伊織……その視線の先を見て、春輝も


「この後、ちょっと向こうの方もカバーしておきたいので……」


 そこにあったのが、下着コーナーであったためである。


「そ、そうだよな! それじゃ俺は、外で待ってるわ!」


 頬が熱を持ったのを自覚しつつ、踵を返した……その、矢先のことであった。


「……今、何やら先輩の声が聞こえたような」


 店内に、知り合いの顔を見つけたのは。


(げぇっ、桃井!? 小桜さん、見つかるとマズい! とりあえず隠れよう!)


 そんな思いを込めて伊織に目をやると、彼女も確信を持った表情で頷いてくれた。


 共に暮らして数日、アイコンタクトで意思疎通を図れるようにまでなっていたようだ。


 春輝は、素早くその場に屈んで陳列棚に並ぶ服で身を隠す。


 一方の、伊織は。


「どうもこんにちわ、桃井さん!」


 と、貫奈の前に出て腰を折っていた。


(って、なんで自分から見つかってんの!? さっきの自信満々の頷きは何だったの!?)


 共に暮らして数日、アイコンタクトで意思疎通を図れるようにはなっていなかったようだ。


「あら小桜さん、こんなところで奇遇ね」

「はい、奇遇ですね! とても奇遇です! 思いがけない巡り合いという意味です!」

「なぜ辞書的な意味をわざわざ口に……?」


(やべぇな、早くもテンパってるし桃井も訝しんでる……)


 直接は見えずとも貫奈の声色からそう判断出来て、春輝の頬を冷や汗が流れた。


「その、ちょっと現国の復習をと思いまして!」

「そう、それは感心ね。ところで、この辺りで先輩……人見さんを見なかった? さっき、声が聞こえたような気がしたのだけれど」

「全く見ていないです! 春……人見さん一人さえ一目とて見かけずです!」

「なぜちょっとラップ調に……? まぁいいわ、やっぱり気のせいだったってことね。先輩に女の影……もとい、お付き合いされている女性でも出来たのかと思ったんだけど」

「あ、それはないと思います。春……人見さん、毎日真っ直ぐ帰ってらっしゃるので」

「……なぜ貴女がそんなことを?」


 貫奈の口調が、どこか厳しさを伴ったものに変わる。


(途中までまぁまぁ上手くいってたのに、なぜ最後にボロを出す……! ていうか桃井、なんでそんなに俺のことを掘り下げたがるんだよ!? 俺のこと大好きか!?)


 図らずも真実に辿り着いている春輝だが、その事実に気付く者は誰もいなかった。


「あ、や、その、私の家、春輝さんのお住まいの近くで! よくお見かけするんです!」


(よし、今のはナイス機転だ小桜さん!)


「そうなの……? ……ところで小桜さん。さっきからちょいちょい言い間違えそうになってたけど、今のは完全に『春輝さん』って言ってたわね」


(と思ったら、脇が甘かった! ていうか、俺も慣れきってて違和感なかったわ!)


「それは、えーと……! あれです! そう呼びたいなって心の中で思ってたのがついつい口に出ちゃった的な感じです!」


(なんだその言い訳は!? それじゃ誤魔化せないって!)


「……そう」


(……って、あれ?)


「まぁ、そういうこともあるわよね」


(は? え? 通った……? なんで……?)


「えっと……もしかして、桃井さんも……?」

「……そうね。考えることはあるわ」


(えぇ……? なんかよくわからないけど、女子的にはあるあるなのか……?)


「ところで、小桜さんはこの後何を見るの?」

「あ、はい。下着をいくつか」

「そう。なら、ご一緒してもいいかしら? 同性の意見も聞きたいし」

「はい、喜んで!」


(ま、まぁ、とにかく誤魔化せたっぽいな……今のうちに移動するか)


 腰を落として陳列棚に身を隠したまま、春輝は移動を開始する。


「……ちなみに小桜さん。それ、Fくらいあるの?」

「あっ、えっと、その……最近、Gに……」


 直後、聞こえてきた会話に思わず足が止まった。


 この会話の流れでアルファベットといえば、アレしかあるまい。


(A、B、C、D、E、F……)


 指折り数えたところで、春輝はハッと我に返った。


(いかんいかん、早く離脱しないと……)


 そして、再び足を動かし始める。


「まさか、Gとは……先輩は巨乳好きだし、油断出来ないわね……」


(なぜお前がそれを知っている!? ていうか、油断出来ないって何だよ!? 俺、女子高生バイトに手を出すと思われてんのか!?)


 何やら危機感に満ちた貫奈の声には、内心でだけツッコミを入れた。

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