第13話 露見と一面と

 ほぼ定時直後に帰るというレアな行動を取った結果、思わぬ肌色空間に突入してしまった春輝。


(つーか、ラッキースケベイベントって現実に発生するもんだったのか……実際に遭遇すると、嬉しさとかより罪悪感の方が遥かにデカいな……)


 気まずさを胸に、とりあえず自室に向かう。

 すると。


「……っと。これ、届いてたのか」


 自室の入り口付近に、通販サイトのロゴが印字されていたダンボール箱が置かれていることに気付いた。

 どうやら、春輝が不在の間に届いた荷物を誰かが置いておいてくれたようだ。


「……今のうちに、放り込んどくか」


 気分を落ち着かせるのも兼ねて、春輝は奥まった位置に存在する部屋へと足を運ぶ。


 春輝が『オタク部屋』と呼んでいるそこはかつてその名の通りオタク活動に勤しむための部屋であったが、今となっては日々届くグッズを陳列するだけの空間となっていた。


「つーか、何だったっけこれ……? ブルーレイ……『キスから始める魔法少女』? ……あぁ、小枝ちゃんがメインヒロインやってる深夜アニメか」


 もはや自分で何を注文したのかすら曖昧で、ダンボールを開封しながら苦笑する。


「買ったはいいけど、観るかなぁ……? ネットに上がってたダイジェスト版は観たし、もういいかな……どうせちゃんと観る時間なんて取れないだろうし……」


 独り言と共に、小さく溜め息を吐く春輝。

 社畜生活の中では碌にオタク活動も出来ず、室内には開封すらしていないものも多数存在した。

 社会人になりたての頃に奮発して購入した大型のモニタも、今や虚しく埃を被っている。


 そんな様を時折眺めては一人虚無感を覚えるのが、春輝にとっての日常。


 ただし、それは……数日前までは、の話である。


「いやぁ、はっはー。春輝クン、さっきは見事なラッキースケベだったねー」


 思考の海に沈んでいた春輝はこの家に他の人間がいることを失念しており、後ろから聞こえた声にビクッと身体を震わせた。


「それとも、もしかして狙って……って、およ?」


 春輝が固まる中、軽く上半身をズラして露華がオタク部屋の中を覗き込む。


「おー、壮観って感じー?」


 感心したような声に、春輝の背にブワッと嫌な汗が流れ出した。


 蘇ってくるのは、十年以上前の記憶。

 クラスメイトたちの嘲笑だ。


「あっ、これ知ってる。ヒロインが主人公とキスするとパワーアップするやつだよね?」


 しかし予想していた、馬鹿にするような声は訪れず。


「確か、こんな感じでやるんだよねぇ……?」

「ちょ……!?」


 イタズラっぽい表情で顔を寄せてくる露華に、春輝は動揺して仰け反った。


「おわっ!?」

「きゃっ!?」


 その拍子にバランスを崩し、咄嗟に掴んでしまったのは露華の肩。


 結果、ドスンと音を立て二人して廊下に倒れ込むことになった。


「痛ぇ……って、あれ……?」


 身体を起こそうと手を伸ばすと、何やらふにょんとした感触が返ってくる。


「は、春輝クン、手……」


 だいぶ嫌な予感を覚えつつそちらに目を向けると、己の手が露華の胸をガッツリ掴んでいる光景が。

 もう少し視線をズラすと、真っ赤になった露華の顔が目に入ってくる。


「露華ー? 今の音、どうしたのー?」


 と、そこでリビングから伊織が顔を出した。


「……って」


 そして、春輝と露華の方を見て固まる。


「露華、貴女また……!」

「もしかして、お姉の中には『体勢』って概念が存在しないの!? どこからどう見てもウチが襲われてる側っしょ今回は!」

「そんな、春輝さん……」

「待て、事故だ事故!」


 露華に疑わしげな目、春輝に嘆きの目を向けてくる伊織に、二人であわあわと返す。


「……これ」


 他方、そんなやり取りには我関せずといった様子でトテトテ歩いてきた白亜が、春輝の手にあるブルーレイのパッケージに目を向けた。


「キスマホ……しかも、初回限定盤の特別仕様のやつ」


 表情の変化こそ少ないながら、その目はどこかキラキラしているように見える。


「……白亜ちゃん、知ってるの?」

「うんっ、この期だと一番好きだった」


 立ち上がりながら尋ねると、白亜はやや鼻息も荒く頷いた。


「そういや、露華ちゃんも知ってるようだったけど……」

「ウチは白亜の付き合い的な感じで観始めたんだけどね。普通に面白かったよ」


 春輝に少し遅れて立ち上がり、露華は未だ少し赤い顔を逸らしながらもそう言う。


「じゃ、じゃあ、この部屋を見ても引いたりしない……のか……?」

「? 引くというと、何にでしょう?」


 恐る恐る尋ねてみると、伊織が不思議そうに首を傾けた。


「ウチらは、ほら、白亜が割とガチ気味だから」

「わたし、ガチ勢」


 何やら察した表情の露華に頭を撫でられ、白亜はなぜか誇らしげに胸を張っている。


「でも、ロカ姉も凄い。わたしのコスプレ衣装を作ってくれる」

「へぇ、そうなんだ?」


 白亜がコスプレをするということと、その衣装を露華が作るということ。

 どちらも思ってもみなかった事実で、二重の意味で驚きであった。


「ふふん。これでウチ、けっこー女子力マシマシよ?」


 自身を手の平で指した後、露華はニンマリ笑って春輝に身を寄せる。


「夜の方も……ね? そろそろ襲いに来てくれてもいいんだよ、春輝クン?」

「もう、露華! すぐにそういう話に持っていかない!」


 今回のからかい対象は、春輝というよりは伊織なのか。


 顔を赤くする伊織を見て、露華はニヤニヤと笑っている。


(つーか、露華ちゃんも口で色々と言う割には結構純情だよな……)


 先程の赤面を思い出して、春輝は軽く苦笑した。

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