第12話 変化と失敗と

 伊織に膝枕をしてもらい、露華にからかわれ、白亜に誤解され……といった出来事があった、翌日。

 定時を少しだけ過ぎた頃のことである。


「人見くぅん」


 のっしのっしと、樅山課長が大きなお腹を揺らしながら春輝の元に訪れた。


「悪いんだけど、今度のお客さんへのプレゼンで使う用の資料作っといてくれる? 新システムの構成について説明するやつ。ペラ一枚でいいから」

「はい、わかりました」


 樅山課長からの依頼を、春輝は軽い調子で引き受ける。


 頭の中で、手持ちの作業を並べてこの後のスケジュールを試算。


(あと、今日やる予定だった作業は……桃井のソースレビューだけか。今から両方片付けても、まぁ終電にはたぶん間に合うだろ)


 そう結論づけたところで、ふと前夜のことを思い出した。


 ──でも、無理はしないでくださいね?


 伊織の声が、脳内で再生される。


「……あの。その資料、明日で大丈夫ですよね? 今日はもう上がろうと思うんですが」

「へ?」


 尋ねると、樅山課長の呆けた声と顔が返ってきた。


「あぁ、うん。勿論、大丈夫だけど……」


 若干戸惑い気味なのは、春輝の確認が予想外だったためだろう。


 実際、これまでの春輝であれば何も聞かず作業に入っていたところだが。


(あんだけ言っといて今日も終電じゃ、また心配かけちゃうだろうしな)


 昨日の自分の言葉を想起して、思い直した形である。


「桃井、この後で予定してたレビューって確か急ぎのやつじゃなかったよな? 悪いけど、明日に回してもらってもいいか?」

「え、えぇ、構いませんが……」


 ちょうど通りかかった貫奈にも確認すると、彼女はパチクリと目を瞬かせた。


「……先輩、今日も『大したこともない野暮用』ですか?」


 次いで、先日春輝が口にした言葉を用いて尋ねてくる。


「そう……あぁ、いや」


 頷きかけて、春輝は首を小さく横に振った。


「割と大したことのある……日常、かな」

「……?」


 なんとなく思ったことを口にすると、貫奈が小首を傾げた。



   ◆   ◆   ◆



 樅山課長への言葉通り、それからすぐに帰路に着き。


「ただいまー」


 いつもより幾分軽い肩を動かして、春輝は自宅の玄関を開けた。


「あれっ!? 今の声、もしかして春輝クン!?」

「……タイミング、最悪」


 リビングの方から、何やらバタバタとした気配が伝わってくる。


「……? 何かあったのか?」


 若干疑問を覚えながらも、春輝はリビングに向かってその扉に手を掛ける。


「あっあっ、春輝さんちょっと待……!」


 中から伊織の慌てた声が聞こえてきたが一瞬遅く、リビングの扉は開いて。


「……うおっ!?」


 目に飛び込んだ光景における肌色率の高さに、春輝は思わず目を剥いた。


「きゃっ!?」

「ちょ、ちょっと春輝クンさぁ……!」

「……えっち」


 どうやら着替え中だったらしく、三人共が中途半端に制服を着た状態だった。

 伊織と露華は胸元を手で隠そうとしているが、慌てているせいかちゃんと隠せていない。

 というか、伊織に関してはむしろ胸元が強調される形になっていた。

 白亜は比較的上手く大事なところを隠せていたが、春輝の方にジトッとした目を向けてきている。


「す、すまん!」


 慌てて身体を反転させ、後ろ手でリビングの扉を閉める。


(早く帰るなら帰るで、ちゃんと連絡すべきだったな……)


 今更ながらに、そんなことを思う春輝であった。

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