第14話 同志と親交と

「……お兄さん」


 露華の純情さに思いを馳せていたところ、白亜にツンツンと腕をつつかれた。


「中、入ってもいい?」

「ん? あぁ、お好きにどうぞ」


 頷いて返すと、白亜はどこかソワソワとした様子で早速室内へと足を踏み入れる。


「ふおぉ……!」


 そして、感嘆と思しき声を上げた。


「これは、お宝の山……!」


 先程以上にキラキラと目を輝かせて、忙しなく室内を見回している。


「特にこの辺りの、小枝ちゃんグッズ……小枝ちゃんのデビューシングルから、今までに出たシングルもアルバムも全部揃ってる……しかも、初回限定盤や特装版もコンプリート……抽選でないと当たらないサイン色紙まで……? これは、今から手に入れようと思ったらお金を積んでも可能かどうか……」

「おっ、わかるかね?」


 白亜の称賛に、春輝のオタク部分が顔を覗かせてきた。


「というか白亜ちゃん、もしやお主も?」

「イェス……若輩の身ながら、コエダーの末席に名を連ねる者」


 ちなみに、『コエダー』というのは葛巻小枝ファンが自分たちのことを指す俗称である。


 春輝と白亜、しばらく二人で見つめ合い。


『……同志よ』


 やがてどちらともなく手を差し出し、固い握手を交わしあった。


「あーいうノリは、ウチらにはよくわかんないよねー」

「あ、はは……」


 露華と伊織が苦笑を浮かべる中、ふいに白亜が視線をズラす。


「……これは? 小枝ちゃんグッズではないみたいだけど」


 その目は、小枝ちゃんグッズの棚に置かれた一枚のシングルCDへと向けられていた。


「ほぅ、そこに気付くとはお目が高い」


 春輝はそのCDをそっと手に取って、白亜に手渡す。ジャケットには数人の女性が写っており、パッと見では取り立てて特徴もないアイドルソングといったところだ。他のCDは小枝ちゃん単身で写っているものばかりなので、少し異質に見えることだろう。


「これは、小枝ちゃんが声優に転身する前に所属してたアイドルユニットのCDなんだ」

「……初耳。小枝ちゃんに、そんな経歴が?」

「ぶっちゃけ、本人的にも若干の黒歴史感があるみたいだしね。アイドルっつっても地下アイドルだし、このCDだって手売りで数十枚売れたって程度らしい」

「つまり……激レア?」

「あぁ。小枝ちゃんが声優としてデビューした頃に手に入れたやつだから、当時は捨て値だったけど。今じゃ、数十万円はくだらないな」

「数じゅ……!? わわっ!?」


 絶句した様子の白亜はCDを取り落としかけ、あわあわと両手で受け止める。


「ま、いくら積まれたって手放す気はないけどね」

「か、返す……!」


 震える手で差し出してくるCDを受け取ると、白亜はホッと安堵の息を吐いた。


 手にしたCDを眺め、春輝は目を細める。


「小枝ちゃんの原点だけあってか、熱が凄いんだよ。他の子たち比べて一人だけ飛び抜けてるっつーか、必死さが現れてるっつーか……だから俺、いつの頃から辛い時はこの曲を聞く癖が出来てたんだ。何なら、もうCDを見るだけでもいい。そうしたらまた頑張れる気がしてさ。今は成功者に見えるこの子だってこんなに頑張ってきたんだからファンの俺が頑張らなくてどうする、ってな。今じゃ俺にとって、一番の宝物だよ」


 実際、これまでに何度そうして辛い場面を乗り越えてきた。


 比喩無しに、春輝はこのCDの存在に救われてきたのだ。


「お兄さん……」


 白亜に呼ばれ、春輝はハッと我に返った。


「って、なんか恥ずかしい話しちゃったな……」


 苦笑して、自らの頬を掻く。


「そんなことない」


 白亜が、ふるふると首を横に振った。


「お兄さんがそうやって頑張ってくれてるから、わたしたちはこうして無事に暮らしていられる。わたし、お兄さんに感謝してる……いつも、ありがとう」


 そして、ペコリと頭を下げる。


「いやぁ、いいこと言うねぇ白亜。ウチも、日々全く同じことを思ってるよ」


「ロカ姉……妹の発言に便乗とは、恥を知るべき」


 笑いながらペチペチ頭を叩いてくる露華の手を、白亜が鬱陶しそうに払い除けた。


「あのあの、勿論私も、日々感謝しておりますので!」


 出遅れたためだろうか、伊織が慌てた調子でペコペコと何度も下げてくる。


「いや、そんな改めて言う必要ないから……」


 苦笑を深め、春輝は手を振った。


「ところで、お兄さん」


 と、白亜が再び見上げてくる。


「わたし、時々この部屋に来てもいい?」


 それから、上目遣いで尋ねてきた。


「勿論、いつでもどうぞ」

「ありがとう……!」


 春輝が頷くと、白亜はニパッと笑った。。


 同居して数日、初めて彼女の心からの笑顔を見た気がした。


「お兄さん、あと、その……」


 そこから一転、モジモジと何やら言いづらそうに俯いてしまう。


「どうした? 遠慮せずに、何でも言ってくれていいぞ?」

「なら……」


 春輝が促すと、少し赤くなった顔を上げた。


「お兄さんのこと……ハル兄、って呼んでもいい?」

「ん? 初日にも言った通り、好きに呼んでくれて構わないさ」


 正直少し拍子抜けした気分で、春輝は軽く頷く。


「おぉ……」

「白亜が、懐いた……」

「……二人共、失礼。わたしは、同志に敬意を表しただけ」


 姉二人の感嘆に、白亜はふくれっ面を返した。


「あぁでも、代わりに……って、わけでもないんだけど。今度、白亜ちゃんのコスプレ姿が見てみたいかな。きっと可愛いんだろうし」

「か、可愛いなんて、そんなこと、ない……」


 顔を赤くして俯く様も、初めて見る類のものだ。


「春輝クンって、やっぱり……」

「い、いや、あれは父性的なものだよ……た、たぶん……」


 ヒソヒソと囁き合う二人の声は、聞こえなかったことにした。


「でも、ごめんなさい。コスプレ見せるのは、無理……衣装、持ってきてないから……」

「いやいや、謝るようなことじゃないって。こっちこそ変なこと言ってごめん」


 ペコリと頭を下げてくる白亜に、春輝は笑って手を振る。


「そうだよな、考えてみればウチに来た時からほとんど荷物持ってなかった……し……」


 言葉の途中で、春輝はとある重要な事実に気付いた。


 目の前の白亜を見下ろす。


 制服姿である。


 振り返って、伊織と露華に目を向ける。


 勿論、制服姿であった。


『……?』


 春輝の視線を受けて、疑問符を浮かべる三人……その全員が、制服姿なのである。

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