第10話 膝枕と実感と

『ごちそうさまでした』


 四人揃って手を合わせ、食事を終える。


「今日も美味かったよ、小桜さん」

「お口に合ったのなら良かったです」


 そんなやり取りも、もうお決まりのものとなっていた。


(よし、今回も噛まずに言えたな……サラッと女の子を褒めるイケメンキャラのように)


 もっとも春輝は、内心ではこの手のことを口にする度にちょっとドキドキしているのだが。

 なにしろ、こんな距離感で女性と接した経験など春輝にはほとんど存在しないのだ。


「そんじゃウチ、洗い物片付けるわー」

「わたし、お風呂入れてくる」


 そんな春輝の内心を知ってか知らずか、露華と白亜がそれぞれ流し台と風呂場の方へと向かっていく。

 いつもなら、伊織も二人を手伝うなり他の家事を行うなりするのだが。


「あの……春輝さん」


 今日は、リビングへと向かう春輝の後を追いかけてきた。


「うん? どうかした?」

「えっと、その……」


 なぜだか、歯切れ悪く言い淀んだ後。


「お疲れです、よね?」

「ははっ、なんだよ急に」


 出てきた言葉に、春輝は軽く笑う。

 ここでも極力明るく、疲れは見せないように。


「私、朝からバイトに入っている時は定時で帰りますし、夕方からの時も短時間で上がるので……春輝さんが毎日こんな遅くまで頑張っていらっしゃるなんて知らなくて……それで、何か力になれないかと思いまして……」

「いや、小桜さんは今でも十分に力になってくれてるよ。ていうか、バイトにそこまで色々と任せちゃうわけにもいかないし」

「あ、いえ、お仕事でお役に立ちたいというのも勿論なんですけど……今のこの環境だからこそ、出来ることをしたいと言いますか……」

「……?」


 要領を得ない物言いに、春輝は首を捻る。


「ですので……」


 迷うように一度ずつ左右に視線を彷徨わせた後、何やら伊織は決意したような表情に。


「どうぞ!」


 そして、その場に正座して春輝に向けて両手を広げた。


「……はい?」


 意味がわからず、春輝は先程より大きく首を捻る。


「膝枕です!」

「………………はい??」


 なるほど、つまりその体勢は膝枕の準備ということなのだろう。


 意味はわかったが意図がわからず、春輝の頭の上に沢山の疑問符が浮かんだ。


「……あれ?」


 おかしいな? とばかりに、今度は伊織の方が首を傾げる。


「膝枕です!」


 そして、先程のリプレイのように同じ言葉とポーズを繰り返した。


「いや、別に聞こえてなかったわけじゃなくて」


 春輝の口元が思わず半笑いを形作る。


「なんで、膝枕?」

「私の膝枕は、効果抜群ですよ! 露華や白亜にも、疲れが取れると評判です!」


 疑問を投げると、伊織はドヤ顔でポンポンと自身の膝を叩いた。


「あー……気持ちはありがたいけど……」

「……私では、膝枕役も務められませんか?」


 やんわり断ろうとすると、とても悲しげな顔をされて。


「………………じゃあ、ちょっとだけお願いしようかな」


 結局、春輝の方が折れた。


「はいっ!」


 一方の伊織は、パッと満面の笑みを浮かべる。


「……それじゃ、失礼して」

「はい、どうぞっ!」


 手早く終わらせようと、仰向けになってそっと伊織の腿の上に後頭部を乗せる。


(うおっ!?)


 すると、まず訪れたのは驚きであった。


(か、顔が見えん……)


 高く隆起した『遮蔽物』によって、伊織の顔が視界に入ってこなかったためである。


「どうですか?」

「あ、あぁ、凄いな……」


 が喋りかけてきたように見えて、つい思っていたことがそのまま口をついて出た。


「ふふっ、そうでしょう?」


 春輝の言葉を膝枕への感想と受け取ったらしく、伊織の声は嬉しげに弾んでいる。


「よーしよし、いい子ですねぇ」


 その回答に気を良くしたのか、次いで伊織は春輝の頭を撫でてきた。


「毎日頑張ってて偉いですよぉ」


 幼児を相手にするかのように扱いに、春輝の口元に苦笑が浮かぶ。


「いつも遅くまで、大変ですねぇ」


 けれど。


(……あれ? 意外とこれ、馬鹿に出来ないのでは……?)


 次第に、そんな風に思い始めてきた。


「皆さん、春輝さんのことを頼りにしてますよぉ」


 後頭部の柔らかい感触に、優しい声。

 頭を撫でてもらうのなど子供以来で……だからこそ、酷く懐かしく感じられて。

 身体が次第にリラックスしていくのを自覚する。


「いつだって皆の期待に応えてて、凄いですねぇ」


 なんだか、ゆったりと時間が流れていくように感じる中。


「……でも、無理はしないでくださいね?」


 その言葉は、やけに切実な響きを伴って聞こえて。


(心配、かけちゃってるんだなぁ……)


 ぼんやりする頭の中に、そんな実感が広がっていった。

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