第9話 個性と心配と
小桜姉妹との同居を始めて、数日。
相変わらず春輝は残業まみれで、終電で帰ることも少なくない日々だ。
その点には、一ミリも変化はない。
ただ、帰ってからの生活は一変したと言っても過言ではなかった。
「ただいまー」
長らく口にすることがなくなっていた帰宅の挨拶と共に、自宅の玄関をくぐる。
「おかえりなさいっ」
「おかー」
「……おかえり」
すると、すぐに三人が迎えに出てきてくれた。
伊織が満面の笑みで、露華がヒラヒラと適当に手を降って、白亜はそんな露華に隠れるように……と、この場面だけでも三人それぞれの個性が見て取れる。
(……やっぱ、慣れないなぁこの光景。なんか、画面越しに見てるみたいだ)
長らく一人で暮らしていた家に、制服姿の少女が三人。
未だに、どこか現実感が欠如しているように感じられた。
「春輝クン、何ボーッとして……あっ? もしかして、ウチらの可憐さに見とれちゃってたかにゃあ? お客さん、ウチはお触りオーケーですよぉ?」
と、ニンマリ笑った露華が身体を寄せてきて春輝の手を握る。
(相変わらず、すげぇ気軽にボディタッチしてくるなこの子……)
その柔らかさに、密かに心音が高鳴りつつも。
「いや、ちょっと考え事してただけだっつーの」
表面上は、涼しい顔で返した。
「ふぅん、考え事? さては……ウチのことを考えてたんだでしょっ?」
「なんでだよ。あー……その、仕事のことさ」
「えー、ホントぉ? なーんか誤魔化してる感じがするなぁ?」
「ははっ、何を誤魔化すってんだ」
そうは言いつつも実際のところは露華たちのことを考えていたのを誤魔化しているわけなので、完全に図星を突かれている形である。
……と、そこでふと傍らから視線を感じた。
「……何かえっちなことを考えていた気配を感じる」
そちらに顔を向けると、ジト目を向けてくる白亜と目が合う。
「白亜ちゃんまで、何を言い出すんだか」
露華のボディタッチを少なからず意識していたことも確かなので、若干声が上擦った気がした。
気のせいだと思いたい。
「……怪しい」
そんな春輝の内心を知ってか知らずか、白亜は引き続きジト目のままであった。
(どうにも、白亜ちゃんには未だに警戒されてんだよな……いやまぁ出会って数日の男相手なんだし、普通に考えたらその方がまともな反応なんだろうけど)
白亜が毛を逆立てて警戒している姿を幻視し、軽く苦笑する。
「……?」
春輝の視線が気になったのか、白亜が小さく首を傾げた。
「……春輝クンってさ」
そんな中、今度は露華が春輝にジト目を向けてくる。
「もしかして、白亜くらいの子が好みなの?」
「何を急に言い出すんだ」
突然の風評被害に、春輝は抗議の視線を返した。
「や、なんか二人で見つめ合ってたからさぁ」
「ロカ姉、それは誤解。訂正を要求する。わたしは、お兄さんにガンつけてただけ」
「俺、ガンつけられてたのか……」
心外そうに言う白亜に、春輝は再び苦笑する。
「ま、誤解って点では俺の主張も同じだけど」
「そっかなぁ? ウチやお姉に向ける目と、なーんか違う気がするけどぉ?」
クスクスと笑いながらの詰問は、恐らく答えがわかった上でのものなのだろう。
「そう考えると、ウチとお姉に手を出さなかったのもそう考えれば理屈は合うしぃ?」
「ちょ、露華、その時のことはもう言わないってことにしたでしょ……!?」
「そだっけ?」
赤くなって手をわたわたと動かす伊織に、素知らぬ顔で首を傾げる露華。
「まぁ確かに、白亜ちゃんを見る時は父親的な目線になってるかもな」
あるいは、家に迎えたばかりでこちらを警戒してくるペットに対して向けるものの方が近いかもしれない。
そうも思ったが、流石にそちらは口には出さなかった。
「……訂正を要求する。わたしは、お兄さんの娘っていうほど小さくない。むしろイオ姉やロカ姉と同じ、大人の女性」
白亜は抗議してくるが、頬を膨らませる様はますます彼女の印象を幼くしている。
「ははっ、そうだな。ごめんごめん」
「……謝罪に誠意を感じない」
笑いながら謝ると、白亜はプイッとそっぽを向いてしまった。
「……春輝クン的には、白亜くらいの方が接しやすい感じ?」
「ん? まぁ、そうかな……」
実際、伊織や露華と接する際には未だにちょっとした緊張感を伴うのは事実である。
「ふぅん? そなんだ?」
ニヤリと笑う露華に、ここ数日の経験から春輝は既に嫌な予感を覚えていた。
「じゃあ、ウチも居候として家主が接しやすいようにしないとだねー」
と、露華が春輝の腕を取って自らの胸元に掻き抱く。
「ね? パぁパ?」
「ちょ……!?」
上目遣いで見つめられ、大いに春輝の鼓動は速まった。
その理由の半分は物理的な接触によるものであり、もう半分は。
「や、やめろ、露華ちゃんがそういうこと言うとなんか途端に犯罪臭がするから……!」
謎の危機感によるものであった。
「え~? なんでさ? ウチと白亜なんて一つしか違わないじゃん? なら、ウチのことだって父親的な目線で見てくれてもいいんじゃない?」
「そういえばそうか……? いや、君らくらいの歳の時の一歳差はそこそこ違うだろ」
一瞬納得しかけて、改めてツッコミを入れた。もっともこの場合、実際の年齢というよりは露華と白亜のキャラの違いという部分が大きいような気がしたが。
「いやいや、誤差レベルだってパパ」
「誤差にしてはデカすぎるだろ」
「パパだって、一年じゃそうそう変わらないっしょ?」
「そりゃ俺の歳なら……いやそれより、さりげなくパパ呼びを定着させようとするな」
「ねぇパパぁ、ウチ今月ちょっとピンチなんだけどぉ……お小遣い、いいかなっ?」
「完全にそっち方向に寄せないでもらえる!?」
場合によっては国家権力が動きかねない絵面であった。
「ほ、ほら皆! いつまでもこんなところで喋ってないで、ご飯にしましょう!」
ここまで三人のやり取りをオロオロと見守っていた伊織が、パンと手を打つ。
「春輝さんも、お腹すいているでしょう? もう準備、出来ていますので」
「ん、まぁ……ていうか、今日も三人共まだ食べてないのか?」
これもまた、ここ数日で共通していることであった。
春輝が帰ってくるまで、三人は眠るどころかご飯も食べずに待ってくれている。
それこそ、帰るのが夜中になっても。
「前にも言ったけど、別に俺のことを待ってくれなくてもいいんだぞ?」
春輝は、それに申し訳無さを覚えていた。
「いえいえ、そんな」
「そーそー、ウチらなりの生活リズムだしぃ?」
「気にしないで」
しかし何度言っても、彼女たちから返ってくるのはそんな言葉ばかりだ。
(うーん、どうやって説得すりゃいいんだろうなぁ……?)
考えてはいるが、今のところ上手い手は浮かばなかった。
「……ふぅ」
キッチンへと向かう途中、無意識に溜め息が漏れる。
それは説得方法が浮かばないことへの憂慮……という部分もなくはないが、単純に疲労によるものが大きかった。
慣れているとはいえ、一日の三分の二程度に当たる時間を労働に費やすのは普通にキツい。
「……?」
目頭を揉んでいると、ふと視線を感じてそちらに目を向ける。
すると、伊織が春輝の方をジッと窺っている様が見て取れた。
その目に、心配げな色が宿っているのがわかって。
「いやぁ、にしても良い匂いだ! 今日のおかずは何かなぁ?」
春輝は、努めて明るい声を上げた。
勿論露骨な誤魔化しであり、伊織の目は変わらず春輝を見据えたままだった。
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