第7話 朝食と懐旧と
「? 春輝さん? どうかされましたか?」
「……寝ぼけてる?」
伊織と白亜の声に、春輝の意識は現実に戻ってきた。
「あ、あぁ、そうなんだよ……昨日寝たのも遅かったしさ」
軽く笑って返事しながら、考える。
(マジ、酔った勢いで手を出したりしないで良かった……)
そうなっていれば、今朝の彼女たちの表情はもっと違ったものとなっていただろう。
(この子たちの笑顔を守れた……なんて言うと、流石に大げさか)
そう考える春輝だが……昨晩の記憶は、ハッキリ脳裏に残っており。
目の前の彼女たちとその下着姿が重なって見えて、密かにちょっとドギマギしているのも事実であった。
「あ~? さては、ウチのセクシーボディを思い出してコーフンしちゃってるぅ?」
そこに露華のニンマリとした笑みを向けられ、ギクリと春輝の顔が強ばる。
「……ははっ、子供が何を言っているんだか」
笑い飛ばして見せるも、表情を取り繕えたかちょっと自信はなかった。
今の露華はノーメイクのようで昨晩よりスッキリとした印象となっているが、それでも十二分に美人と称せる顔立ちである。
正直なところ、春輝も本心では彼女を『子供』と断じきれずにいた。
「またまた、強がっちゃってぇ。やらしい視線を感じるんですけどぉ?」
「ふっ、自意識過剰なんじゃないか……?」
鼻で笑って見せながらも、自身の胸元を掻き抱く露華からそっと視線を外す。
「はい、目ぇ逸らしたから春輝クンの負けー!」
「何の勝負なんだ……つーか、朝からテンション高ぇな……」
嬉々として指差してくる露華に、乾いた笑みが浮かんだ。
(でも、昨日より気安くなった感じがするな。ちょっとは信用してくれたってことか?)
伊織に「こら、指差さないの!」と窘められる露華を眺めながら、そんなことを思う。
と、そこで横合いから視線を感じてそちらに目を向けた。
すると、探るような目つきの白亜と視線が交錯する。
「……お兄さん。ロカ姉と、何かあったの?」
「い、いや、別に……?」
実際『無かった』とは断定しづらく、返答は若干しどろもどろなものに。
「そ、そんなことより! 朝飯、ありがとうな!」
無理矢理に話を打ち切り、食卓に着く。
「……おぉ」
そこでようやくテーブルの上に目を向けて、感嘆の声を上げた。
「凄いな、本格的だ」
「そんな、おおげさですよ」
はにかんで手をパタパタと横に振る伊織だが、春輝としては本心からの言葉であった。
卵焼きにほうれん草のおひたし、焼いた魚の干物。
ご飯は炊きたてらしく温かい湯気が立ち上っており、それは味噌汁も同様であった。
味噌汁の具は、豆腐と油揚げのようだ。
「あっ、それと、すみません。冷蔵庫の中身、勝手に使っちゃいました」
「いや、それは全然いいんだけど……ウチの冷蔵庫に、こんなもんあったっけ……?」
時折酔った勢いでつまみを作ろうと適当に食材を買い込んで帰ることがあるのだが、実際に作ったことは数えるほど。
結局食材のほとんどは冷蔵庫に置きっぱなしなので何が存在していてもおかしくはないが、何が入っているのかは春輝自身も把握していなかった。
「えぇ、まぁ、ギリギリ使えるのがいくつか……」
伊織の苦笑から察するに、どうやら大半は危険物と化していたらしい。
「にしても、残り物で作れちゃうところが本当に料理出来るって感じがするな」
「イオ姉は、我が家の料理担当だったから」
春輝が感心の声を上げると、白亜が自慢げにその小さな胸を張った。
「だった」という過去形の意味や、彼女たちの家庭環境について、興味を抱かなかったと言えば嘘になるが……それは、努めて頭の中から追いやった。
「それよりほら、冷めないうちに食べちゃいましょう」
照れているのか、伊織が少し早口気味に言いながら椅子に座る。
「あぁ、そうだな」
春輝が頷いている間に、露華と白亜もそれぞれ空いていた席に着いた。
「それでは……いただきます」
『いただきます』
最初に伊織が手を合わせて、露華と白亜もそれに続く。
「……いただきます」
長らくそんな習慣がなかった春輝が、一拍遅れた。
(……味噌汁なんて、久しぶりだな)
そんなことを考えながら、ズズッと味噌汁を啜る。
なんだか、とても懐かしい味が口の中に広がった気がした。
「うん、美味いよ」
「お、お粗末様です……」
本心からの言葉を向けると、伊織は顔を赤くしながらも嬉しそうな笑みを浮かべる。
「……ふぅん?」
そんな姉の姿を見て、露華がニンマリと笑った。
「春輝クン、卵焼きも美味しいよ?」
と、箸で卵焼きを摘み。
「ほら、あーん」
それを、春輝の方に差し出してくる。
「こ、こら露華! お行儀が悪いよ!」
露華を叱りながらも、伊織はチラチラと春輝の方を伺っていた。
それを見て、露華がますますイタズラっぽい笑みを深める。
(くっ……露華ちゃんめ、さてはどうせこっちがヘタレるだろうと踏んでるな……?)
実際、普段の春輝であればここで乗ったりはしない。
(ならここは、あえて鈍感系主人公のように……)
しかしそんな風に考えたのは、前日から続く非日常感ゆえ判断能力が鈍っていたのか。
「それじゃ、いただこうかな」
『あっ……』
パクリと露華の差し出す卵焼きを口に入れた春輝に、伊織と露華が小さく声を上げる。
「うん、確かに美味い」
「ふ、ふっふーん? そうでしょ?」
露華のニンマリ顔が若干硬く見えるのは、恐らく気のせいではあるまい。
「それじゃ、ウチも食べよっと」
けれどそれも一瞬のことで、彼女の表情は徐々に平常運転な感じへと戻っていく。
「ウチも好きなんだよねぇ、お姉の卵焼き」
イタズラっぽい雰囲気を増しながら、露華は卵焼きへと箸を向けた。
「おやおやぁ? 春輝クン、ウチのお箸が気になっちゃってるぅ? なんでかなぁ?」
「い、いや別に? たまたま見てただけだよ」
思わずそこを見てしまっていたことを指摘され、今度は春輝に動揺が生まれる。
「さぁて、それじゃ食べまーす。このお箸で、食べちゃいまーす」
ニマニマ笑いながら、露華が卵焼きを箸で掴……もうと、したところで。
「露華?」
静かに、しかし妙に力強く伊織の声が響いた。
「お行儀が悪いって言ってるでしょ? はい、新しいお箸」
ニコニコと微笑みながら、伊織は露華へと箸を差し出す。
「いやお姉、それじゃなんかウチが負けた感じになっちゃうし……」
「露華?」
「だからね、お姉……」
「露華?」
「いやなんか、目が怖……」
「露華?」
「あ、はい……」
微塵も揺るがぬ笑顔でひたすら繰り返す伊織に、露華が根負けしたように頷いて箸を受け取った。
なんとなく姉妹間の力関係を垣間見た気がする春輝である。
「………………」
なんて思っていると、伊織が視線を向けてきた。
無言ではあるが、何やら抗議するような雰囲気が感じられるような気がする。
「………………」
「………………」
「………………」
その後は、少し不貞腐れたような表情で食事を続ける露華、チラチラと春輝に目を向けてくる伊織、その視線に若干の居心地の悪さを感じる春輝……といった感じで、微妙に気まずい雰囲気が流れる中で食器を動かす音だけが響き。
「……何、この空気」
白亜の呟きが、虚しく沈黙の中へと溶けていった。
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