第5話 帰宅と宿泊と

 結局遅くまで障害対応に追われてヤケ酒に走った結果、三姉妹を泊めることになり。


「おー、凄い! 一軒家じゃーん!」


 春輝の住む家にまで連れて行ったところで、次女……露華がそんな声を上げた。


「でも、家の人とか大丈夫なの? 未成年三人も連れ込んだら、通報されんじゃない? あっ、それともぉ? しょっちゅう女の子連れ込むから慣れちゃってるとかですかぁ?」

「こ、こら露華、失礼でしょ!」


 長女である伊織が、ニンマリ笑う露華を嗜める。


「いや、むしろ今のはウチの気遣いでもあったんだけど?」

「……未成年者誘拐罪?」

「どこでそんな言葉覚えてきたの白亜!?」


 ポツリと呟く三女・白亜に、伊織は驚愕に目を見開いていた。


 ちなみに、ここまでにお互い自己紹介済み。

 この春から露華が高校一年生、白亜は中学三年生になると聞いている。

 伊織が高校二年生になることは、既知の情報だ。


「あんま騒がないでくれる……? マジでご近所に通報されかねないから……」

「あ、す、すみません……!」


 頬をヒクつかせながら言うと、伊織が深々と頭を下げてきた。


「あと、この家には元々両親と住んでたんだけど……俺が社会人になった年に親父が転勤になってな。お袋もそれについてったんで、今はこの家に一人暮らしだよ」

「……ふーん? そなんだ?」


 露華が、どこか含みのある調子で言いながら春輝を横目で見てくる。


「……? だから空き部屋も多いんで、一人一部屋使ってくれていいよ」


 その反応に若干疑問を覚えながらも、春輝はそう説明した。


「わぉ、太っ腹じゃん春輝クン。お腹はそんなに出てないのにね?」


 さわさわっとお腹に触れられ、ちょっとビクッとなる春輝。


「ちょ、露華、だから失礼だって! それに、ちゃんと人見さんって言いなさい!」

「ははっ、いいよ別に呼び方なんて何でも」


 その猛烈な距離の詰め方に「お、おぅ……流石はギャルだな……」と謎の感銘を受けたものの、言葉通り春輝は別段何と呼ばれようが構わないと思っていた。


「なんだったら小桜さんも、もっとラフに呼んでくれてもいいぜ?」

「えと、じゃ、じゃあ………………春輝さん、とか……」


 冗談めかして肩をすくめてみせると、伊織が消え入るような小声でそう口にして。


「……えっ?」

「えっ?」


 まさか本当に呼び方を変えてくるとは思っていなかった春輝が呆けた声を上げると、伊織も似たような調子の声を返してきた。


「あっあっ……」


 街灯に照らされる伊織の顔が、たちまち真っ赤に染まっていく。


「す、すみません、なんでもないです人見さん!」

「あ、いや、ちょっと驚いただけだから。呼びたいように呼んでくれていいよ、マジで。ただ、会社ではこれまで通り『人見さん』で頼むな?」

「は、はいっ! ひと、いえ、は、春輝さんっ!」

「ははっ……」


 やけに力強く名前を呼ばれて、春輝はなんだか少し照れくさくなって頬を掻いた。


「……はいはーい、二人でラブい空気出してないで早く家ん中入っちゃおうよ」


 と、二人の間にズイッと露華が割り込んでくる。


「そんな、ラブい空気だなんて……私と春輝さんは、そんなんじゃ……!」

「お姉、今そこ掘り下げなくていいから」


 引き続き赤い顔でパタパタと手を振る伊織に、露華がジト目を向けた。


「ま、まぁ、とりあえず上がってくれ」


 未だちょっとドギマギしながら、春輝は鍵を差し込んで玄関の扉を開ける。


「そんじゃお言葉に甘えてー」

「すみません、お邪魔します……」

「……お邪魔します」


 堂々とした足取りの露華、恐縮しきりの伊織、警戒するように中を見回す白亜、という順番でそれぞれ家の中へと上がっていく。


「二階の部屋が空いてるんで、好きなとこを使ってくれていいよ。布団は押入れの中に入ってる。長らく使ってないからちょっと埃っぽいかもしれないけど、そこは勘弁な」

「何から何まですみません……」


 階段の方を指さしながら言うと、伊織がまた深々と頭を下げてきた。


「それじゃ二人共、行くよ」

「うん」


 伊織が先頭となって階段を上がっていき、白亜がそれに続く。


「……りょーかい」


 更に、露華も階段の方に足を向け。


「ところで、春輝クンの部屋はどこなの?」


 けれどそれ以上進むことはなく、振り返って尋ねてきた。


「ん? そこの、一番近いとこだけど?」


 なぜそんなことを聞くのだろうと首を傾げながらも、自室を親指で指しながら答える。


「シャワーは? 浴びる?」


 質問を重ねる露華。


「いや、今日はもうそのまま寝るつもりだけど……」

「……そっか」


 何やら、その表情はやけに硬いように思えた。


「シャワー浴びたいなら、好きに使ってくれていいよ。そこの突き当たりだから。バスタオルは脱衣所の引き出しに入ってるし」

「ん……」


 自分が浴びたいから話を振ってきたのかとそう言ってみるも、露華の反応は鈍い。


「くぁ……」


 気にはなったが、ここに来て春輝も眠気に襲われた。小桜姉妹との出会いの衝撃で一時的に吹き飛んではいたが、元々今日は結構な泥酔状態だったのだ。


「まぁ、基本的には好きに使ってくれ。そんじゃ、俺はこれで……」


 と、自室に入る春輝だったが。


「ん……」


 なぜか、露華が春輝に続いて部屋に入ってきた。


「……? まだ、何か聞いときたいこともあったかな? 悪いけど、出来れば早めに済ませてくれるとありがたいんだけど……」


 ちょっと面倒に思いながら、ベッドの前で振り返る。


「……わかった」


 俯き気味だった露華の顔が上がり、春輝と視線が交差した。


 その目には、決意の光のようなものが宿っているように見えて。


「えいっ」

「おわっ……!?」


 肩を押してくるという露華の思わぬ行動に、春輝はあっさりとベッドへと倒れ込む。


「いきなり何を……」


 ベッドに手を突き、半身を起こす春輝。


 その視界に、飛び込んできたものは。


「ていやっ!」


 そんな声と共に、制服を脱ぎ捨てる露華の姿であった。

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