第4話 後輩と定時と
ツッコミ不在の中で、ズレたことを考える春輝。
「いいですねぇ先輩、女子高生におモテのようで」
そんな彼へと、揶揄する調子で一人の女性が話し掛けた。
同僚と雑談するという習慣が全く存在しない春輝ではあるが、唯一例外は存在する。
それが彼女、
二つ下の後輩で、春輝が彼女の新人時代にOJTを担当して以来ずっと同じチームに属している。
やや茶味がかったミディアムヘアはキッチリ整えられており、シックな服装をビシッと着こなす姿に細いフレームの眼鏡もよく似合っていた。
出来る女感をバリバリに身に纏い、実際チームのエース級に成長しつつある才女だ。
「冗談でも馬鹿なこと言うなっての。噂になったりしたら小桜さんが可愛そうだろ」
春輝の口調も、他の同僚と接する時よりも随分と気安いものである。
「ま、この俺がモテるなんて話を信じる奴もいないだろうけど」
「はぁ……まったく、先輩のそういうとこは昔っから変わりませんねぇ……」
ちなみに、この会社に先輩社員を『先輩』と呼ぶ文化は存在しない。
にも拘わらず、なぜ彼女が春輝のことをそう呼ぶのかというと。
「知ってます? 実は、高校の頃から先輩のことをずっと好きな女性がいるんですよ」
彼女は春輝にとって、高校の頃からの後輩でもあるためだ。
大学まで一緒だったのはともかくとして、入社式で彼女を見かけた時は驚いたものである。
偶然とは恐ろしいものだ……と、春輝は思っている。
「嘘つくなら、もうちょいリアリティのある設定にしろよ。ていうか俺、高校時代から付き合いのある奴なんてお前くらいだぞ?」
「……はぁ」
鼻で笑う春輝に、貫奈は先程よりも大きく溜め息を吐いた。
「もう自分で答え言ってるのに、なんで気付かないかなこの人は……まぁライバルの気持ちにも気付かない、っていう意味では悪いことばかりでもないんだけど……」
顔を横に向けてのボソボソとした呟きは、春輝の耳には届かない。
「あー……と、ところで、先輩」
顔を逸したまま、貫奈の声が若干上擦った。
「今日は朝から、随分とご機嫌のようですね?」
「……わかるのか?」
自分の顔を撫でながら、春輝は小さく首を傾げる。
「先輩の表情は、わかりやすいですから」
「そうかな……?」
むしろ、他の人からは感情がわかりづらいと言われることの方が多いのだが。
「それはやはり、今日の作業が順調に終わることが見込めていたからでしょうか?」
「まぁ、そうとも言えるかな……?」
正確には、そうなるように全力で調整した結果である。全てを明日以降の自分に放り投げた結果、というのがより正確な表現かもしれないが。
「ということは、今日は早く上がれそうだと」
「このまま何事もなければな」
どこか白々しい印象を受ける貫奈の口調に疑問を覚えつつも、答える。
「では、その、良ければなんですけど……仕事上がりに飲みにいきませんか?」
「あ、悪い今日用事入れちゃってるわ」
「……ですよねー」
彼女はこうしてちょくちょく飲みに誘ってくれるのだが、春輝が早く上がる時というのは(主にオタク関連の)用事がある時であり、ほとんど実現したことはない。
それでも懲りずに誘ってくれる辺り、飲み会が好きなのだろうと春輝は思っている。
「先輩、ちょくちょく用事があるって早く帰りますけど何をしているんですか?」
少しだけ拗ねたような口調で、貫奈が尋ねてきた。
「……いや別に、大したこともない野暮用だよ」
ちなみに春輝は、オタクであることを周囲に隠している。
それは、高校の頃からの付き合いである貫奈に対しても同様であった。
中学時代、イジメとはいかないまでもかなりのオタク弄りをされて、それ以来極力人にはオタク趣味を明かさないでいるのだ。
と、貫奈と会話を交わしているうちに定時を告げるチャイムが鳴った。
「おっと、それじゃ俺はこれで……」
これ幸いと、春輝は話を打ち切る。
既に、帰る準備はほとんど終わっていた。
後は念のため、新着メールがないかチェックするだけ……の、はずだったのだが。
「……おい、ちょっと待てこれ」
ドッと汗が吹き出してきた。
メールフォルダ……それも、エラー通知メールだけを振り分けているはずのフォルダに、大量の新着メールが入り始めたためだ。
次いで、オフィスのあちこちから電話が鳴り響き始める。
「人見! オペレーターさんから電話で、サーバルームでアラームランプが点灯してるってよ! たぶんハード障害だけど、これお前んとこのシステムだよな!?」
「人見くん……なんか、連携システムでもエラー出まくってるんだけど……これも、恐らくそっちのシステムが止まった影響だよねぇ……」
「人見さーん! お客さんからお電話ッスー! 定時間際にシステム止まっちゃったせいか、めっちゃ怒ってまーす! アタシじゃ収めるの無理めなんスけどー!」
次いで、次々に上がってくる報告。
「先輩……ご愁傷さまです。とりあえず、サーバルームの方は私で対応しておきますね」
「うん、よろしく……」
苦笑気味に言ってくる貫奈に、春輝は力なく返事する。
「あ、あの、人見さんっ。私に出来ることとかって……」
「いや特に無いし、バイトはちゃんと定時で帰りな」
「はい……」
次いで話しかけてきた伊織に短く返すと、伊織はシュンと項垂れて踵を返した。
「人見くぅん」
そのタイミングで、のっしのっしと上席から近づいてくる巨体は樅山課長である。
「今日定時で申請出てるけど、残業申請に切り替えとくね?」
悪い人ではないのだが、間が悪いというか人を苛つかせる発言が多いのが玉に瑕だ。
「頼りにしてるよ、我が課の……いや、我が社のエース!」
今は、そのお世辞も苛立つだけであるが……いずれにせよ、この時点で。
「はい……頑張ります……」
トークライブへの参加が絶望的なものになったことを確信する春輝であった。
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