第12話「不思議さと懐かしさ」
児童室は、休日でも平日と変わらない静けさを帯びていた。
入って右側の、たまに絵本の読み聞かせなどが行われるスペースには五歳ぐらいの女の子とその母親が並んで座っており、それぞれ本を読んでいる。斜め前方の童話や絵本が並ぶコーナーでは、ひと組の親子が何冊か本を手にとって選んでいる。壁側のカウンターでは、中年の司書がやる気なさげにあくびをしている。彼女は、この前みた夢に出てきた司書だ。それ以外、ここから見える範囲に人はいなかった。
ゆっくりと、左方向へと足を進める。
カウンターを横切った先には、かつて勉強場所として使っていた長机がある。十人ほど座れそうなそれなりに広いスペースながらも、今日も誰ひとり座っていなかった。まあ、いつものことなんだけど。
その向かい、通路をはさんで機械や乗り物に関する本が並ぶコーナーがある。右の棚には機械・環境関連、左の棚には乗り物関連の本がびっしり入っている。この児童室は全体的に品ぞろえがイマイチだけど、乗り物関連のコーナーだけは異様に充実している。
僕は、ゆるりと半笑いをうかべた。
聞き覚えのある声が、この距離まで近づくと耳に入った。なにやらぶつぶつ言っている。まだ視界には入らないけれど間違いない。あの男だ。彼の行動パターンは平日も休日も変わらないようだ。
おそるおそるのぞき込むと、男はかつてと同じ格好でそこにいた。
本棚と本棚の間の通り道で堂々と寝そべり、右手で頭を固定した状態で左手で本をめくっている。まるで、自分の家のリビングにいるかのようなくつろぎようだ。彼は広げている本に夢中で、こちらの視線に気づいていない。
司書はもう見慣れているのか、気にもとめずにキーボードをたたいている。僕も、これで三度目なので今さらびっくりしない。この光景に慣れてしまっているのも、ちょっとまずいのかもしれないけど。しかし、よくあの体勢で疲れないな。本棚にもたれているわけでもないのに。
世の中には不思議なことがたくさんあふれていて、時には理解できないような珍しいことにも出くわすかもしれない。それはわかっているつもりだ。
でも、やっぱり不思議すぎる。かつてと同じ感想を、心のなかでつぶやいた。あの時と変わらない疑問。
でも、以前抱いたような恐怖感はなかった。なんだかわからないけれど妙に愉快そうな彼の顔をみて、僕はひどく懐かしい気持ちになった。さっきの親子が、カウンターに本を出して借りる手続きをしている。
やっぱり、会いたかったんだ。そう確信して、また表情がゆるむ。
なぜかはわからない。でも、夢のなかであの男に赤ペンを入れられてから、毎日彼のことを思いだしていた。
男が見ている本やつぶやいている言葉は、ここからだとよくわからない。
わざわざ受験をすっぽかして来たんだから、このまま引き返すわけにはいかないな。僕は、ひとつ深呼吸をした。
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