第10話「根本にある動機」

「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ~」


 カウンターで、店員のお姉さんからオレンジジュースを受け取る。

 二十歳はたち前後の大学生ってところか。可愛いというよりは綺麗系、でもクールビューティーという言葉を当てはめるほど冷たい感じのしない顔つきだ。まあ、クールビューティーのクールは、冷たいって意味ではないかもしれないけど。


 駅前のドトールコーヒーはいていた。

 平日だと、この時間はいつもスーツ姿のサラリーマンがたくさんいて、外からのぞいても席はほとんど埋まっている。


 窓際のテーブル席に座って、僕はひとつため息をつく。いかんいかん、お姉さんのルックスの分析をしている場合じゃない。大事な受験の前に、なんでのんきにこんなところで休んでいるんだ。

 腕時計を見ると、九時を少し過ぎたところだった。八時半ごろ家を出たのに、ずいぶん時間を使ってしまった。試験開始は十時。今すぐ店を出て電車に乗れば、まだギリギリ間に合う。受験票には、"遅刻は試験開始二十分まで認めます"と書かれていたから、あと十五分ぐらいは猶予があるだろう。

 ひとまず、目の前のオレンジジュースにストローをとおして口をつけた。果汁百パーセントの甘みがのどの奥まで広がっていく。


 そういえば、なんで中学受験することにしたんだっけ。残り十五分のタイマーを脳内でスタートさせたところで、気をそらすようにして考える。

 直接のきっかけは母さんが勧めてくれたことだけど、決めたのは僕だ。学校説明会に行って雰囲気を気に入って……ううん、もっと前。というより、もっと根本にある動機。


「夢中で今を楽しんでるから、僕、あいつらが好きなのかもしれない」


 ふと、昨日図書室で橘さんに話した言葉がうかんだ。

 これだ。オレンジジュースを飲みほしたところで、僕は確信をもってうなずく。夢中になりたかったんだ。都筑たちが毎日ドッジボールを一生懸命、夢中になってやっているように、僕も飽きるほどなにかに夢中になってみたかった。そういうものが欲しかったのだと、今はわかる。


 クラスのみんなと遊ぶのはもちろん楽しくて、それは確かなことだけど、夢中になるというのとはちょっと違った。どう違うのか、うまく説明はできないけれど。

 受験のための勉強。だけど、実は目の前の一問一問に必死で向き合うことが目的で、試験に受かるかどうかはどうでも良かったのかもしれない。そりゃあ学校見学に行った時は、合格して四月からここに通いたいと思ったけど、夢中で勉強するということが叶ったところで、僕の目的は達成されていた。


 もともとの動機がわかったって、すっきりした気分になった。

 でも、一番の理由はそうじゃなくて……。


 脳内タイマーが鳴ってから、もう十分以上過ぎていた。


 トートバッグから、受験票を取り出す。

 おもむろに破って、レシートと一緒にくしゃくしゃっと丸めた。

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