第8話(6)


“おはよう”


“いよいよ本番だね 出演するわけでもないのに あたしは緊張しています”


“本当は 直にみんなの演技を見てみたかった”


“あたしが文字として起こした物語を どうやってみんなは表現するのか”


“きっとあたしの想像できないような努力を みんなしてきたんだよね”


“純ちゃんはどう? 緊張してるのかな?”





「ったりめーよ」

ニッと笑って小さく呟き、純は携帯をポケットに入れた。

いよいよ今日は、学園祭当日。

学園の門には『龍園祭』と書かれたアーチが建てられ、各部活動やクラスの呼子が、入場者にビラを配っている。

服装も、いつもの制服ではなく、様々な姿が見える。

「スゲー人だな。 平日なのに」

人混み嫌いの純が、眉間にシワを寄せる。

「さっき、他校の生徒を見たよ。 授業サボって来てるみたいね」

夏子が言うと、誠也がうんうんと頷いた。

「ウチの学園の女子はレベル高いからなー」

「そういう目的のやつには、反吐がでるわ」

べぇっと舌を出して見せる純。

そんなことを話しながら、ひときわ人集りのできている一団──なぜか男ばかり──を横目に、通り過ぎようとすると……

「あ!姫宮くん!!」

その中から、人の海を割って、火憐が飛び出して来た。

「おお、冬──じゃなかった、火憐か」

一瞬、苗字を口にしそうになり、訂正する純。

「えへへ、忘れずちゃんと名前で呼んでくれたね。 おはよう、水瀬さん、誠也くん!」

隣の二人にも、挨拶を交わす火憐。

「おはよう、冬月さん。 素敵な衣装だね」

夏子が笑顔で、火憐を褒める。

改めて、純は彼女を爪先から頭の天辺まで眺めた。

白のソックスに、茶色の革靴。

紺色のドレスと、白いエプロン。

所謂、『メイド服』だ。

ふわりとした彼女の髪には、エプロンと同じ白のカチューシャが載っている。

しかし、それ以上に目を引くのは、カチューシャの横にピン!と立っている茶色の──

「猫耳……」

純が呆れたように呟く。

「残念! これ、犬耳です!」

ニシシと笑って、火憐がくるりと背中を向ける。

彼女の腰の辺りから、くるりと巻いたフサフサの尻尾が覗いている。

「柴犬だよ、柴犬!」

嬉しそうに言う火憐。

「よかったな」

変わらず、呆れた表情で、純が言った。

「冬月んとこって、もしかしてメイド喫茶なのか?」

誠也が聞くと、

「そだよ―! ぜひ来てね!」

そういって、彼女は持っていたチラシを三人に配った。

「今ヤロー共に囲まれてたのは、その格好のせいか」

純がチラシを見ながら呟く。

「可愛いもの」

夏子が再び称賛すると、

「そんなそんな」

火憐は照れ笑いしながら、指先で頬を掻いた。

「そういや、おれたちのクラスもメイド喫茶の案あったよな。 姫がブッ潰しちまったけど」

誠也が言うと、キッと純が彼を睨んだ。

「メジャーな出し物だもんね。 ほかの学年でもあるらしいよ」

肩を竦める火憐。

「なるほど。 ライバル店と差別化を図るための『犬耳』ってわけか」

純の目線が、また柴犬の耳に向く。

「『かわいいは正義』なのです」

フフッと笑って、火憐が敬礼のポーズをとる。

「姫宮くんたちは『演劇』だっけ?」

「おう」

彼女の質問に、純が応える。

「巷で話題沸騰中だよ? アクションがすごいんだって?」

火憐の言葉に、純はしかめっ面をする。

「誰か情報をリークしやがったな」

純達は極力、他のクラスに劇の内容が知られないよう、箝口令を敷いている。

自分たちのクラスはもちろん、担任の教師やリハーサルを見ていた実行委員にまで、その通達は及んだが──

どうしても、人の口に戸は建てられないらしい。

「いつ上演なの?」

火憐が尋ねる。

学園祭は平日の今日と、明日の土曜日とで、計2日間行われる。

アリーナを使ったステージ発表は、参加部活やクラスが多いため、時間と順番が予め決められていた。

純達のクラスは初日──つまり、今日の最後。

「どうせやるなら、明日の『大トリ』が良かったよなぁ」

誠也が残念そうに溜息をつく。

「しかたねーだろ。 毎年、最終日の最後は『吹奏楽部』って決まってるんだとさ」

純が腕組みして答える。

「初日のトリでも、押さえるの大変だったのよ? 軽音部とか、落語研究会、天体観測同好会、マジック研究会、ブレイクダンスクラブ、お笑い同好会、その他諸々……この学園、部活動が多いから」

夏子もやれやれと首を振った。

「観にいくよ! 店番交代してもらって!」

火憐が大輪の花のような笑顔で言う。

「あー……いや、別に観なくて──」

「姫ちゃん、内容のリークはよくないよね?」

口籠る純の言葉を、夏子が遮る。

火憐と別れて、純たちは一旦、自分達のクラスに向かう。

「いいなぁ、おれもメイドと戯れたい……」

誠也が、うらやましそうに呟いた。

「今日は忙しいから無理だ。 明日勝手に行ってこい」

「え~!姫も行こうぜー!」

「オレは図書室で本読むの!!」

「いいじゃない、せっかくの学園祭だし」

三人は雑談を交わしながら、教室に辿り着いた。

既に、数名のクラスメイトがいる。

「姫宮くん!いまから衣装の最終調整しよ!」

「お、おお」

さっそく、衣装係の女子達に連れ去られる純。

「衣装係、気合入ってんなー」

誠也が純を見送る。

「いよいよ、今日だもんね」

夏子が、純の落としていった鞄を拾い上げた。

「私は全員が揃ってるか、点呼とってくる」

「おれは小道具に不備がないか、道具係に確認だな」

それだけ言うと、二人もさっと別れ、それぞれの仕事に就いた。

時間は刻々と過ぎて行く。



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