第9話(1)『本番』
“あと一時間で本番なんだ じゃあ、いってくるね”
「送信──、これでよしと……」
純は携帯をしまった。
「衣装大丈夫だな? 台本はギリギリまで読んどけよ、緊張でブッ飛ぶぞ」
純白のドレスに身を包んだ純が、役者達の間を縫うように歩く。
「姫宮くん、すごく似合ってるよ」
『村娘』の格好をした女子が、グッと親指を立てる。
彼女は衣装係を兼任していた子だ。
「ああ、サンキュー」
眉間にシワを作りながらも、純は答えた。
「担任がカメラの準備オッケーってさ! 客席は満員だってよ!」
『衛兵』の格好をした男子生徒が、指でOKサインを作る。
「了解」
純はコクリと頷いた。
そんな彼の元に、一人の男子が近づいてくる。
「姫宮、本当にすまない。 突然、二役もさせることになってしまって……」
元『怪盗役』の男子生徒だ。
純に向かって、申し訳なさそうに頭を下げる。
「もう脚は大丈夫か?」
純はチラリと、彼の足を見た。
「ようやく歩けるまでに回復したところだよ。 なのに、今日になって突然、“『杖をついた老人』の役で出ろ”って言われた」
苦笑する男子生徒。
「ったりめーだ、休ませたりしねーぞ。 初めに言っただろ? “全員でやる”んだよ」
ニヤリと純が笑う。
「舞台上には、わたしがサポートして行くからね」
そう言うのは、白髪のカツラを被った『おばあさん役』の女子生徒──
事故の時、落ちた足場の下敷きになりかけた女の子だ。
「まかせたぞ」
純は彼女にそう言うと、その場を離れて他の面々を見回す。
最後に、『ナレーション』の夏子と、『王子役』の誠也の所へ辿り着いた。
「衣装チェンジは私も手伝うからね、姫ちゃん」
夏子がいつものように微笑む。
「全部終わったら、打ち上げしようぜ」
言いながら、誠也も少し緊張しているようだ。
純は二人に向かって頷き、静かに言った。
「さぁ……──行くぞ」
開演まで、あと五分──
“今 ちょうど開演時間かと思います”
“ごめんね そんなときに”
“なんだか落ち着かなくって”
“お客さんの入りはどうかな? その場にいないのに ワクワクするよ”
“純ちゃん ありがとう”
“あのとき 純ちゃんが誘ってくれなかったら”
“あたしは いまも寂しい思いをしていました”
“きっと今日が学園祭だったなんて 知らずに過ごしていたでしょう”
“あなたのおかげで こんな気持ちを知ることができた”
“誰かと一緒に まだほんの小さな参加だけど”
“あたしね いま すごく楽しいの”
「ぶはぁっ!」
「お疲れさま」
舞台上から、袖へ帰ってきた純を夏子が迎える。
瞬時に、傍で控えていた女子二人が、彼の仮面を取り、纏ったマントを脱がし、頭の上から、すっぽりと純白のドレスを着せる。
純がモゾモゾと衣服を正している間に、夏子は彼の髪留めゴムを解き、綺麗な長髪をさっと流した。
「水は?」
女の子がペットボトルを差し出すが、純はレースの手袋をしつつ、首を横に振った。
「一度目の殺陣。すごく上手くいってたよ」
噴き出る額の汗を、タオルで拭いてやる夏子。
純は無言でコクコクと頷いた。
相当、気持ちに余裕が無いことが伺える。
「さぁ、気持ちを切り替えて。 次のあなたは可愛い『お姫様』よ」
彼の両頬に手を添えて優しく言い聞かせ、夏子が純を送り出す。
「『おお、姫。 そこにおられましたか!』」
大臣役の生徒が、純に向かって言った。
「『姫! 昨晩、城の中庭に、賊が忍び込みました!』」
もう一人の大臣が続ける。
「『しかし、ご安心ください! 王子が素晴らしい剣技で、追い払ってくださいました』」
さらにもう一人の大臣。
「『やはり、しばらくは、この城内で大人しくしていてくだされ!』」
そういう大臣達に向かって、純は頭を振り、悲痛な声を出す。
「『大臣、私はいつも城内にいるではありませんか。 外界に出られるのは、年に一度、明日のパレードの日だけなのです』!」
「『そのパレードの日を狙って、あの泥棒めは、あなた様を攫うつもりです。 今年だけは、辛抱くだされ』」
困ったように、大臣が告げる。
「『そんな……』」
哀しげに俯く純。
「『姫、恐れながら。 あの怪盗は、相当に腕の立つ者です』」
白いマントを翻し、王子役の誠也が言う。
「『次に現れた時、わたしは彼奴を仕留める。 ですが、あなたがいては──あなたを守りながらでは、やつと対等に渡り合えないのです』」
姫の前に跪く王子。
「『これはわたしからの願いでもあります。 どうか、城内に留まりください』」
「『王子、私は…私は気になるのです。 数多の罠と衛兵を掻い潜り、必ず獲物を盗み出す怪盗が、いったい、どんな人なのか』」
姫の言葉に、首を横に振って王子は立ち上がった。
「『不逞の輩です! 先日も商人から財宝を盗み、町の人々を混乱に陥れている!』」
「『あの商人は、裏で他国と密輸を行なっていました! それも、かの怪盗が商人の家を荒らしたことで、判明した事実です!』」
両手を胸に当て、姫が反論する。
「『さらに、貧しい民によれば、ある夜、怪盗がたくさんの食料を自分の元へ届けてくれたことがあると……』」
姫の言葉に、再び王子は首を振る。
「『たとえ、それが事実だとしても、だ。 わたしはやつを斬る。 あなただけは、渡すわけにはいかない』」
バサッとマントを翻し、王子が去っていく。
気まずい静寂。
オロオロと、四人目の大臣が言葉を絞り出す。
「『さぁ、姫。 そろそろ眠りにつかなければ。 王からの命ですので、明日のパレードは欠席に──』」
「『貧しい民に何の施しもしない父上の命など、私は聞きたくありません!』」
悲痛な叫びを残すと、姫は踵を返し、去っていった。
“ごめんね? またあたしです”
“どうかな? もうそろそろ 序盤が終わるかな?”
“ちょっと裏話をすると クラス全員に役を割り振るために 大臣を四人に設定しました”
“さすがに 多すぎたかなぁ”
“いったい どんなふうに演じているんだろう”
“きっと四人それぞれが違った大臣なんだろうね 楽しみだな”
「『明日はいよいよパレードか』」
衛兵の格好をした生徒がつぶやく。
銀の甲冑を着て、手には槍を持っている。
「『いいよなぁ。 おれもパレードの警備隊に入りたかったぜ』」
もう一人の衛兵が溜息をついた。
「『俺、本当はパレードの警備だったんだけどよ』」
「『おう』」
「『あのコソ泥のせいで、姫の寝殿前警護になっちまったんだ』」
「『夜の警備ほど、辛いものはないよなぁ。 眠いし、疲れるし』」
「『だな。 これだけ増員してりゃ、いくらあの怪盗だって──』」
衛兵の言葉の途中で、背後の木の陰から、黒い影が躍り出てきた。
「『あ! キサマッ!』」
咄嗟にそう叫んだ衛兵から槍を奪い、柄の部分で顎を打つ。
「『ぐあっ!!』」
槍を奪われた衛兵が、呻き声を上げて、地面に倒れた。
「『ちっ、ちくしょう!この──』」
もう一人の衛兵が反撃する。
それを槍で受け止め、こちらも顔に柄を打ち付ける。
「『ぎゃあっ!』」
一声喚いて、衛兵は倒れた。
どちらも起きてこないことを確認すると、怪盗は槍を投げ捨て、漆黒のマントを翻し、歩き始める。
──瞬間、呼び笛が鳴る!
「『さぁさぁ。 追い詰めたぞ、コソ泥め』」
黄金の
「『なんの後ろ盾もないキサマなど、これで終わりだ!!』」
王子がそう言ったとたん、爆音がして、照明が赤とオレンジに切り替わる。
「『な、なんだ?!』」
「『王子! 城の火薬庫が──爆破されました』」
「『なんだと!』」
「『火の回りが早く、手に負えません!』」
「『おのれ、キサマ……!』」
王子が怪盗を睨む。
怪盗は挑発するように、マントの下から黒いグローブを着けた手を出し、人差し指を伸ばすと、チッチッと横に振った。
王子が怒りに顔を歪める。
「『お前たちは消火に向かえ!』」
「『し、しかし…』」
「『コイツはわたしが仕留める!』」
王子に言われて、衛兵が去っていく。
「『姫を攫うつもりならば、わたしを倒すしかないぞ』」
王子の言葉に、しばらく無言だった怪盗が、マントの下から剣を抜く。
「『さぁ……来い!!』」
言い終わると同時、怪盗が飛び掛かる。
王子はそれを一歩引いてかわし、地面を踏みしめると反撃。
戦闘の音楽に交じって、舞台を踏む音と、王子の声が聞こえる。
体を捻じらせたり、反らしたり、巧みに剣閃をかわす怪盗が、最後にバク転したとき、観客席から、どよめきと拍手が上がった。
「『先ほどから、避けてばかり……キサマ!真剣に勝負をしろ!』」
怒り心頭に叫ぶ王子、怪盗は剣を鞘に戻した。
そして、マントの裾をつかむと、積まれた木の足場にヒュッと飛び乗る。
「『まさか、城壁から飛び降りるつもりか……逃がさん!』」
王子が駆け寄るが、怪盗は身を翻し、向こう側へ消えた。
王子も足場に乗り、下を確認する。
しかし、すでに怪盗の姿はないようだ。
「『必ず……必ず仕留めてみせるぞ』」
黄金の剣を鞘に戻し、王子も舞台から去っていく。
“王子と怪盗の戦闘なんだけど いったいどんな風になるのかな?”
“台本には『怪盗 城壁を乗り越えて姿を消す』なんて 簡単に書いちゃったけど”
“あと火事のシーンはどうやって表現するの?”
“まさか本当に火を焚くわけじゃないよね?”
“違う よね?”
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