第8話(4)

「──これが、今もどこかに伝わる、とある国のお話。』」





夏子のナレーションで、舞台上の幕が下りた。

たった一人の観客である、クラスの担任が大きな拍手をしている。

その拍手は、大きなトラブルなく、彼等が劇の終幕を迎えられたことを示していた。

そして、幕の向こう側で興奮気味に語り合う、様々な衣装を纏った生徒達。

純の言葉通り、全力だったのだろう、全員が額から汗を流している。

「やべー!! マジで緊張で心臓止まるかと思った!!」

男子生徒が深呼吸する。

「台詞ちゃんと言えてよかったぁ」

胸に手を当て、ほっと溜息を吐きながら、女子生徒が笑った。

リハーサルが終わった後の安堵で盛り上がる全員の中、純が声をあげた。

「小道具が壊れたり、衣装破れたりしたヤツいるかー?」

彼は登場シーンが多いので、その分余計に汗をかいている。

「もし何かあったら、このあと報告しろよ。 舞台を片付けて、一時間後に教室でビデオ見るぞ」

「ハーイ!!」

全員が返事をする。

そして、早急に撤収作業を始めた。

同時に、純の元にはさっそく報告者が現れる。



「姫宮くん、背景の絵なんだけど、吊り替える時間が短いから、もう一人『お手伝い』を増やしてもいい?」

「あー、そういえばギリギリだったな……。 よし、誰か舞台裏にいるヤツを使ってくれ」


「姫宮、木のハリボテなんだけど、役者がハケるときに、ぶつかりそうになる。 もうちょい後ろにどけていいか?」

「いや、退げすぎると『背景係』の邪魔になっちまう。 もっと舞台側に入れて、袖から遠ざけろ」

「オッケー、了解」


「姫宮くんの衣装なんだけど、ドレスの丈、ちょっと長いよね?」

「ああ、劇中何回か踏んづけて、危うくコケるとこだった」

「やっぱりもう少し短くするね。 今日中に直しておくから貸して」

「おう」



アリーナ外の廊下で、純は夏子と落ち合う。

彼女の方にもいくつか報告があったらしく、見えない所で、案外たくさんの問題が発生していたらしい。

「舞台袖が狭すぎて、人の出入りがし辛いらしいのよ」

「オレの方にも似たような報告があったよ。 上手側はアリーナの構造上、もともと狭いからな」

「登場人物も多いから、余計に窮屈なのよね」

しばらく思案に耽る二人。

「仕方ねぇな。 『背景係』を、そのまま背景の後ろに待機させよう」

ガシガシと長髪を掻きあげて、純が言った。

「それだと、ずっと立ちっぱなしになっちゃうよ?」

夏子が彼の言うことを確認する。

「結局、舞台袖にいても立ちっぱなしになるし、劇の間ぐらいなら、みんな何とか乗り切れるだろ」

腕組みして、純がそう言うと、

「……あの、すみません」

二人のもとへ、学園祭実行委員の生徒が現れた。

「次のクラスが待っているので、片付けを急いでもらっていいですか?」

アリーナの舞台を使うのは、何も純達のクラスだけではない。

次の組が来てしまったようだ。

二人は急いで舞台へと戻ると、片付けている仲間を手伝った。

「急いで運び出すぞ!」

身近にあった衣装ケースを持ち上げる純。

「あ、いいよ! それ、わたしが持ってく! 姫宮君、着慣れてないドレスだし、危ないよ?」

「つべこべ言ってないで、早く出ろ。 お前こそ、舞台袖は足元暗いから、油断してると転ぶぞ」

片腕にケースを抱え、もう一方に小道具の入った紙袋を持ち、純は袖の方へ去って行った。

劇中で使うものは、意外と多い。

個々人の小道具や衣装などに加え、背景などを含む『舞台装置』に至っては、数人がかりで運ばねばならない。

クラス総出で、紛失や破損の無いように運び出す。

「ふんぬ〜! この『箱馬』クッソ重てぇ!!」

「誰か手伝ってくれ!」

「うわ、これ取っ手付いてないのかよ。 どこ持てばいいんだ?」

「いいから、はやくはやく!」

男子4人が木製の大きな箱を抱え上げ、移動を始める。

その隣で、怪盗役の男子生徒がキョロキョロと辺りを見回していた。

「いかん、どこへ置いたかな……。 誰か『怪盗』の仮面を知らないか?」

舞台袖に向かって呼びかける。

「……あっ!ここにあるよ!」

返事をしたのは、舞台の袖にいた女子生徒だった。

発見した仮面を手に取り、袖から駆け出す。


──ガッ!!


「きゃっ!」

女子生徒が悲鳴を上げた。

暗くてわからなかったが、足元に暗幕が落ちていたのだ。

摩擦を失った彼女の靴底が、勢いよく滑る──


「危ないっ!!」


怪盗役の男子が叫んだ。

彼女が滑った先には、重い足場を運ぶ男子達がいた。

ドン!と、彼女が足場に真横からぶつかった。

ワンテンポ遅れて、足場がガクン!とバランスを崩す──

運んでいた生徒の一人が、衝撃に手を滑らせたためだ。

持ち運びにくい足場の構造と、全力の演技の後で手に汗をかいていたのが、アダになったらしい。

四角い大きな木の箱は、一角の支持を失った。

その下には、転んで滑った女子生徒の頭が──


ガタンッッ!!!


一際大きな音が鳴り響き、アリーナにいる者達、全員が沈黙した。

「おい! なんの音だ!?」

大声を張り上げたのは、外で衝撃音を聴いた純だった。

急いで舞台に駆け上がり、事故現場を見る。

「──!」

彼の瞳が、驚きで見開かれた。

「急いで持ち上げろッ!!」

鋭い声と共に、自分も足場に手を掛ける。

誠也や他の男子も駆けつけたおかげで、あっという間に足場は持ち上がった。

「誠也!外まで運び出しといてくれ!」

「まかせろ!」

誠也に後を任せ、純は下敷きになっていた生徒を見る。

「おい、大丈夫か……?」

「……ああ」

──下敷きになっていたのは、だった。

彼は咄嗟に、落下する足場の下に滑り込み、女子生徒を押し出して、彼女を庇ったのだ。

「あ…あ…どうしよう、わたし……わたし……」

助けられた女子生徒が、唇を震わせて呟く。

「さぁ、立って。 あなたは怪我してない?」

夏子に手を引かれ、女子生徒は無事立ち上がった。

泣きそうな顔で、怪盗役の男子を見つめている。

「大丈夫だ。 何も問題ない」

何ともないと言う顔で、彼はヒラヒラと手を振る。

純はそんな彼を眺めた後、夏子の方に視線を向けた。

「……夏子、一応、ソイツを琴乃のところに連れて行って、診てもらってくれ」

「わかった」

泣き出してしまった女子を連れて、夏子が歩き出す。

二人がアリーナから姿を消したのを確認して、純は言った。

「……よく耐えられたな」

純が男子に手を差し出す。

「気づいていたのか」

その手に掴まって、顔を伏せる男子。

「どアホ……ガッツリ足が挟まってんの見えたよ」

言いながら、純は彼の衣装をずらし、挟まっていた部分を見る。

「……オマエは琴乃のところじゃなくて、急いで病院に行け」

紫色に腫れ上がった患部を見て、純が顔をしかめた。

「すまない、姫宮、本当にすまない……」

男子は噴き出た汗を顔いっぱいに流しながら、懸命に謝った。

「謝んな。 誰が悪いわけでもねぇ」

口ではそう言いながらも、内心、純は焦っていた。

(どうする……? 本番までもう時間がない……)



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