第8話(3)

火憐と帰った日から数日──





純は教室で鳳佳からのメールを読んでいた。

“もう夏休みも終わりだね あたしは明日 日本に戻ります”

最近になって、やっと鳳佳もメールの書き方を覚えてきたようだ。

一通の中に、大量の文章を書くことはなくなった。

“本番はいつだっけ?”

「夏休み明けの二週間後だよ」

無意識に文面を口に出して呟きながら、返事を送信する純。

今日は初めて、『通し稽古』を行う。

即ち、本番と同じ舞台を使用して、一通り劇を練習する日だ。

朝からクラス全員が、それぞれ与えられた裏方の仕事をしつつ、台詞や小道具の確認をしている。

誰もが緊張しているので、空気まで張りつめる。

「……ヤだなぁ」

ポツリと、純が呟いた。

彼はちょうど、『お姫様』に変貌しているところだった。

自分でドレスを着ることができないので、衣装担当の女性陣に着付けてもらっている。

「フフ、緊張してるのね」

着付けを手伝う夏子が微笑む。

ちなみに、彼女はいつものセーラー服だ。

ナレーションなので、衣装はない。

「おいおい、らしくねぇなぁ、姫! ここまで来たら、もう堂々と胸張って舞台に出ようぜ!」

そう豪語するのは、マント付きの貴族服に、金の王冠を被って、剣を掲げる誠也。

こんな時でも物怖じしないのかこの男は……と、一瞬、純は感心したが──

ふと彼の足元を見ると、いつもの上履きのままだ。

「……」

慌てたのだろう、履き変えるのを忘れている。

誠也にミスを指摘し、次はもう一人の主役、『怪盗』の衣装を確認する。

「どうだ?」

純が尋ねると、怪盗役の男子は2、3度剣を振って見せた。

「む……」

黒いマントが体をすっぽりと覆うので、思った通りの動きができないようだ。

おまけに仮面をつけるので、視界も悪い。

「やっぱりもっと早くから、衣装をつけて練習するべきだったな」

眉間にシワを寄せて、純がガシガシと頭を掻く。

「問題ない。 すぐに慣れる」

仮面の向こうから、頼もしい声が聞こえた。

これで、事前の準備は完了だ。

丁度、そのとき教室のドアをノックする音が聞こえた。

「失礼します。 生徒会役員、学園祭実行班の者です」

顔を出したのは、制服を着た男子生徒だった。

「まもなく、お時間ですので、アリーナへの移動をお願いします」

純はコクリと頷いて、クラスメイト全員の前に立った。

「よし!ヤロー共!!」

「あら、女子もいるのよ?」

夏子がツッコむ。

「……女も!」

そう付け加えて、バン!と教卓に両手を叩きつける。

「オレたちは台本を手にしたあの日から、今日まで毎日休まず練習してきた──」

一度、言葉を切って、腕組みする純。

「それでも、緊張や不安を感じていると思うが、今日のリハさえ無事乗り越えりゃ、当日の本番も同じことをすればいいだけだ──」

純白のドレスに身を包み、拳を突き出して声を張り上げる彼は、なんとも奇妙な姿だった。

「──集中しろ!感覚を研ぎ澄ませ!頭を回転させろ! 全員、全力で行くぞ!!」

「オオーッ!!」

声が上がり、全員でハイタッチを交わし合う。

そして、各々、自分の役柄の衣装に着替え、アリーナへの渡り廊下を歩く。

ステージ袖に通じる扉を開け、全員が配置に移動する。

「絶対に上手下手の『捌け口』を間違えるなよ。 小道具の配置が狂うから」

純がクラスメイト達に言う。

いうまでもなく、この劇にはクラス全員が参加している。

今日のリハーサルを傍から見ているのは、彼らの担任教師と生徒会の実行委員だけだ。

観客はおらず、袖に引っ込んだ全員が静かになると、アリーナを沈黙と緊張感が包んだ。

耳の奥で、キーンと耳鳴りがし、ドクンドクンと脈打つ自分の鼓動が聴こえる。

「姫宮くん、みんな準備OKだって」

村娘の格好をした女子生徒が、小声で言った。

緊張で声が震えている。

黙って彼女に頷く純。

そのまま、目の前にいる夏子に合図する。

彼女は微笑みを返し、舞台裏に設置されたマイクの電源を入れた。

夏子のナレーションで、物語は始まる。

「『むかし、むかし、あるところに──」



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