第7話(5)
純たちは、綾の待つ部屋に戻り、彼女に一通り説明した。
「──という訳で、とりあえず、今日は現場での『顔合わせ』が目的だったので、お仕事に差し支えはないそうです」
夏子は彼女に言いながら、ベッドに座り、誠也は床に敷かれたカーペットに寝転がった。
「ありがとう……。いろいろ、ごめんなさい」
全てを聞き終え、感謝と謝罪の言葉を口にする綾。
相変わらず、しょげた表情で俯く彼女に、夏子が声を掛ける。
「芸能界って、やっぱり厳しいところなんですね」
「どうかな? コイツ自身の問題だと思うが」
キツい口調で純が言う。
このセリフに、綾はさらに元気を失ってしまい、夏子は純に向かって“もう!”と困り顔で抗議する。
「綾ちゃんはどうしたいの?」
部屋に転がっていたバスケットボールを拾い、指の先でクルクルと回しながら、誠也が尋ねた。
「……」
綾はしばらく沈黙し、瞼を伏せていたが、やがて意を決したように頷くと、パッと目を開いた。
「うん、アタシ、やっぱり頑張ってみる。 きっとアタシの努力が足りなかったんだよね」
その声は、半ば自分に言い聞かせるような口調だった。
「お!いいね! 前向きな女の子って好きだぜ、おれ」
ニッと笑って、誠也が誉める。
彼の発言に綾はボッと顔を紅らめ、目線を落として、押し黙った。
「じゃあ、明日、学園祭の練習の合間に、綾さんをあの公園まで送っていきましょうか」
夏子が微笑んで言う。
「やれやれ」
首の関節をコキコキと鳴らして、純が呟いた。
とりあえず、彼女は仕事に戻ると決意した。
これで、あのマネージャーも文句はないだろう。
ふと、綾の方に視線を戻すと、誠也が嬉々として彼女にサインをねだっているところだった。
「容姿は似てても、姫ちゃんと綾さん、全然性格が違うね」
いつの間にか、隣に寄り添ってきた夏子が、そんなことを言う。
眉間にシワを寄せると、純は返した。
「ったりめーだ。 大体、外見だってそんなに似てな──」
「あ、ダメだ。 これじゃ、ただ姫と自撮りしてる写真だって思われるわ」
携帯で、綾と一緒に写真を撮っていた誠也が、画面を見て呟いた。
「! そうだ! 綾ちゃん、ちょっと腕組みしてみてくれない?」
突然、何か思いついたように、誠也が綾に指示を出す。
「え? えっ…と……こう?」
「そうそう、そんでもうちょっと顎引いて……おー、いいね、いいね」
「は、はぁ……」
戸惑いながらも、綾は彼の要求に、素直に応じる。
「これで、最後に眉間にシワ寄せたら──ハイ!姫のできあがりー!!」
誠也が笑いながら、純の方を見る。
「ブッ飛ばすぞ!!」
声を上げながら、誠也に掴みかかろうとする純。
その隙に、今度は夏子が綾に言う。
「じゃあ、恥ずかしそうな表情で、ちょっと目線を外して、“別にオマエの為じゃねーからな”って言ってもらえます?」
「うぉい!夏子!!」
「“べ、別にオマエの──」
「テメェもやるんじゃねぇ!!!」
綾で遊び始めた誠也と夏子に、純が吼える。
丁度そのとき、譲治が部屋をノックし、夕食の準備ができたことを告げた。
全員で階下に降り、キッチンに隣接した食卓に着く。
テーブルの上には、人数分のミートソースパスタが皿の上で、もうもうと湯気を立てており、その横には、木製のボウルに、みずみずしいサラダが盛られていた。
「いただきまーす」
早々に誠也がフォークに大量のパスタを巻き付けると、口いっぱいに頬張る。
「うめぇ!!」
「……別にいいけど、ちっとは遠慮しろよ」
純がジトッとした目線を向けるが、誠也は気にしていない。
「お味はいかがですかな?」
二人並んで座る女性陣に、譲治が尋ねる。
「はい、おいしいです。 流石は譲治さんですね」
にっこり笑って、夏子が賞賛した。
その隣で綾もコクコクと頷いている。
「恐れ入ります。 まだまだ、おかわりはありますので」
「おかわり!」
「早すぎだろ。あとさっきのオレの発言聞いてたか?」
皿を持ち上げて叫ぶ誠也の後頭部に、純が手刀を入れる。
「ところでさ、ジョーさんは姫と綾ちゃんを初めて見て、驚かなかったのか?」
おかわりが、なみなみに載った皿を受け取って、誠也が譲治に尋ねた。
「……そういえば、オマエ、アイツを見ても、なんの反応もなかったな」
サラダの中からヤングコーンを見つけだして、フォークで突き刺す純。
「いえいえ、もちろん驚きましたよ。 そっくりでしたから」
譲治は微笑んで答えた。
「ですが、純様と雛咲様の決定的な違いに、すぐに気づきましたので」
「「え?」」
純がコップの水を飲み終えて呟いたのと、綾がパスタを口に運ぶ途中で中止し、顔を上げたのは同時だった。
「どっか違うか?」
誠也が、同じ表情でキョトンとしている二人を見比べる。
「ええ、ハッキリと」
笑顔のまま、譲治は純のおかわりを取りに、キッチンへと消えた。
「……そんな真剣な目でジロジロ見るな、気持ち悪ぃ」
違いを見極めようと、自分を見つめる三人に、純は眉間にシワを寄せた。
(でも、コイツとオレの違いかぁ)
よく見れば、若干ではあるが、綾の方がタレ目気味で、優しげな顔立ちに見える気もする。
しかし、それは本当に微細な差異であり、今も目の前で彼女がそうしているように、眉間にシワを作って、真剣にこちらを眺められると、まさに『鏡』で自分を見ているような錯覚に陥る。
(──あれ?……カガミ??……あ!)
純、夏子、誠也は同時に指差した。
「「「利き手!!!」」」
いきなりのことに、綾は驚いて身を縮める。
「え、え!? なに、なに、なに?!」
──その左手には、先程までパスタを巻いていた、フォークが握られていた。
「姫ちゃんは『右利き』だもんね」
謎が解けて、スッキリしたかのように、夏子が言う。
「そういや、このテーブルに着いたとき、ちゃんとジョーさん、綾ちゃんの『左側』にフォークとナプキン置いてたな」
誠也が納得したように頷いた。
「でも、いつ気づいたんだろ? アタシ、あの人とは玄関で数分会っただけなのに」
左手のフォークを見つめながら、首を傾げる綾。
「たぶん、玄関の扉だ──」
彼女の疑問に答えつつ、純が右手でデカンタからコップに水を注ぐ。
「家に入ってくるとき、オマエ、扉を左手で開けてたろ」
「うん」
「ジョージは、わざわざ右開きのドアを、左手で開けてたから気づいたんだ」
「ご明察です」
いつのまにか、譲治が戻ってきていた。
純の目の前に皿を置く。
「──ただ、それだけでは確信が持てませんでしたから、最終的な結論は、『握手』で出させていただきました」
「握手?」
誠也が聞き返す。
「ええ。 試しにわたくしが、左手を差し出したとき、雛咲様は何の迷いも無く、左手でお応えくださいましたから」
「……すごい洞察力──本物の執事さんみたい……!」
綾が感嘆の声を上げる。
「これはこれは、恐れ入ります」
頭を下げる譲治。
優しい彼の雰囲気に、綾もすっかり気を許したのか、食事を摂って気が落ち着いたのか、彼女の顔もだいぶ明るくなった。
譲治が食後のデザートを持ってくる頃には、純たちと他愛のない話で笑い合える程に元気を取り戻し、その後しばらくして、誠也と夏子は「おやすみ」と告げて、それぞれの家に帰っていった。
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