第4話(4)
「ねぇ、姫ちゃん、なんとかしてよ」
「──へあ?」
机に頬杖をついて、ぼーっと呆けていた純が、おかしな返事をした。
「……私の話、聴いてた?」
目の前には、腰に手を当てて立つ夏子がいた。
「あ……いや」
と純が言った瞬間、ズイッと、互いの鼻がくっつきそうなくらいに、彼女が顔を近づけてきた。
「どこから聞いてなかったのかしら?」
「さ、最初から……」
狼狽えながらそう答える純に、夏子は溜息をついて、再び腰に手を添えた。
「もう──、『学園祭の出し物』について、早く決めないといけないのに、ちっとも意見がまとまらないから助けてって話よ」
琴乃と話した後、純が教室へ戻ると、学級会が開かれた。
会の議題は、来たる龍嶺学園の学園祭──通称『龍園祭』で行うクラスの出し物を何にするかだった。
「ああ、そのことか」
純が呟く。
こういった会議は、往々にして、誰もが一向に意見を出さず、膠着状態に陥りがちだ。
しかし、それも当然。
誰であっても、リーダーシップを取るのは面倒だし、必要以上に労力の要ることで──
「──違うのよ。 うちのクラスは全く逆。 案が多すぎて、全然まとまらないの」
困ったように頭を抱える夏子。
純は彼女からルーズリーフの『議事録』を受け取り、チラリと眺めた。
「……ったく、お調子者の多いクラスだな」
そこには、各種飲食の『屋台』、『お化け屋敷』、『占いの館』等の定番から、『ホストクラブ』なんて、本気かどうかを疑うものまである。
「なんだよ、コレ……」
純はしかめっ面をしながら、人差し指で頬を掻いた。
すると、話をしている二人の元へ、クラスの女子達が集まって来る。
「ねぇ、姫宮くん!『ホストクラブ』やろうよ!」
「ちゃんと衣装用意するからさ!」
「これなんてカッコよくない?」
携帯の画面で、衣装を見せつつ、数人が純に詰め寄る。
「オレは着せ替え人形じゃねェ!」
イライラと断る純に、今度はススッと誠也が寄って来た。
「姫がやるのは、『ホストクラブ』より、『メイド喫茶』だよな?」
「!! メイド見たーい!!」
本人を差し置いて、キャーキャーと声を上げる女子達。
「やるか、どアホ!! おい、誠也!ドサクサに紛れて、変な提案してんじゃねぇ!殺すぞ!!」
純が怒声を上げる頃には、誠也は既に輪の中から消えていた。
「いいか、オマエら。 こういうのは『全員が参加できる題目』じゃないとダメなんだよ。 『ホストクラブ』は女が、『メイド喫茶』にしたら男が、出られなくなっちまうだろ?」
「うーん……それは、まぁ、確かに……」
落胆する女子を前に、“咄嗟にしては、良い逃げ文句だな”と、夏子と誠也は感心した。
「それに、時間も予算も限られてるんだ。 そんな大がかりなものはできないぞ」
腕組みをして、さらに追い打ちをかける純。
うーん、と一同が唸る。
「『低予算』、『全員参加』、『短期間で準備』か……」
「そんな物あるかなぁ」
みんな一斉に首を傾げる。
「あるよ」
コンマ数秒も挟まずに、誰かが言った。
「『全員が参加』出来て、『短期間』で、『予算内』にできる、楽しい出し物」
発言したのは、いつもの笑顔の夏子だった。
「何だ、言ってみろよ」
純は少し警戒しながら尋ねる。
夏子の提案を素直に受け入れて、裏が無かった試しがない。
「姫ちゃんはホームルーム中、上の空で、ぜーんぜん聞いてなかったみたいだけど──」
「……」
トゲのある彼女のセリフを無言で聞き流す純。
「──『演劇』なら、今の条件をクリアできるんじゃない?」
夏子が、ルーズリーフを眺めながら言う。
「場所はアリーナだから、教室を改装しなくて済む分、手間もお金もかからないし、『演劇部』にお願いすれば、ある程度の衣装や小道具、舞台装置は貸してもらえると思う」
「へぇー!なるほど! 面白そうじゃん!」
賛同する誠也。
「確かに、演劇ならやりやすいかもな!」
隣にいた男子が頷く。
「考えてみたら、『劇』なんて、小学校の学芸会以来じゃない?」
女子達も反応し、これをキッカケに、段々とその場にいたクラスメイトから話が波及して、意見がまとまり始めた。
この分なら、承認されそうだ。
「ある程度方向性が決まるとあっさり団結するなんて、単純なヤツらだな」
怪訝な表情で、純がつぶやく。
「このクラスで『協調性』が無いのは、あなたくらいです」
冷静にツッコミを入れる夏子。
「とりあえず、実行委員会に提出する書類が間に合いそうで良かった」
そう言って、ルーズリーフの『演劇』の項に赤ペンで丸を付ける。
「学級長は大変だな」
純がしみじみと言った、その時──
「!」
ポケットの中で、携帯が震えた。
メールの着信だ。
(誰だ?)
発信者を見ると──王城 鳳佳と出ている。
慌てて、他人に見えないよう、画面を隠す。
「……ちょっと、どいてくれ」
スッと席から立ち上がり、集まったクラスメイトの群を抜け出す純。
「どこ行くんだ?」
誠也の問いかけに、純はひらひら手を振る。
「便所だ、便所」
そう言って、教室を出て、すぐに携帯を確認。
こんな時間帯に、鳳佳からメールが来たのは初めてだ。
(何かあったのか?)
不審に思いながら、内容を見る。
「──!」
文面を読んでいる純の瞳が見開かれた。
眉間にシワを寄せて、小さくつぶやく。
「なるほど。 琴乃が言ってたのは、これか……」
帰宅時間になり、クラスメイトが次々と帰っていく中で、純は保健室を訪れていた。
もちろん、部屋の主人の琴乃もいる。
ふいに入口の戸が開き、いつものように微笑みを携えて、夏子が現れた。
「どうしたの? 急に“保健室に来て欲しい”なんて……」
入り様、彼女が純に尋ねると、
「これ見てくれ」
腰掛けた椅子から立たずに、自分の携帯を差し出す純。
受け取って、夏子がそれを見てみると、画面には鳳佳から届いたメールが映っていた。
「“王城家当主 就任三十周年の式典にご招待致します”」
文面の一行目を読み上げる夏子。
琴乃がクスクスと笑う。
「あの子ったら、招待状の内容をそのまま打ちこんだのね」
純は腕組みして言った。
「笑いごとじゃねぇよ」
「なるほど。 このために、鳳佳ちゃんが帰って来るんだね」
言いながら夏子が純に携帯を返す。
「どうする? 出席するの?」
そう尋ねられて、苦虫を噛み潰したような顔で、純は答えた。
「どうするも何も、断るワケにもいかねーだろ──」
携帯をポケットにしまい、小さく溜息をつく。
「──その為にも、またいろいろ準備しなきゃならないんだ。 協力してくれ」
彼の頼みに、夏子は笑顔で頷いた。
「もちろん」
しかし、傍で会話を聞いていた琴乃が、突然、口を挟む。
「ああ、心配しないで。 花火の時と違って、今回の衣装は──」
純の背後に立ち、彼の髪を留めているゴムを外す琴乃。
解き放たれた髪が、背中へさらりと流れる。
「──こっちで用意するから」
どこから持ってきたのか、櫛で純の髪を梳きながら、琴乃は嬉しそうに言った。
純は眉根を寄せる。
「変なもん用意しても、オレは着ないからな」
「『王城家の式典』よ? 変なもの着せて行かせるわけないじゃない」
髪を綺麗にまとめ上げ、もう一度、留めなおす琴乃。
「詳しい事がわかったら、また連絡するから、とりあえず今日は帰りなさい」
純と夏子を保健室から追い出す。
「ったく、琴乃のヤツ……マジで変なもの用意しかねないな」
「でも、珍しいね。 今回の姫ちゃん、なんだか前より、ちょっとだけ乗り気じゃない?」
小首を傾げて夏子がそう尋ねると、純は一瞬、話すかどうかを迷って、
「……琴乃に言われたんだよ」
今朝の琴乃とのやりとりを夏子に話した。
「──……それって、つまり?」
一通り聴き終わったところで、夏子は純に要約を求めた。
純は眉間にシワを作って、話を続ける。
「つまりだ。 『式典』だか、『パーティ』だが知らんが、人がわんさか集まる所に、今、鳳佳が行って大丈夫だと思うか?」
「いいえ」
彼の問いに、夏子が即答する。
純も頷いた。
誰もが、そう答えるだろう。
以前、鳳佳自身も“そういう催事に、今はもう全く行けなくなった”と、話していた。
「なのに、なんで、今回アイツが行く気になったか?」
純が再び質問する。
夏子は呟くように答えた。
「……──姫ちゃんとの時間を通して、彼女の気が変わった?」
純が頷く。
「それ以外に考えられない」
二人でバスケのボールを奪い合った、あの日──鳳佳の瞳の奥に、闘志が宿った時と同じだ。
彼女は、今回も“やってみよう”と強く思ったに違いない。
(今思えば、あの時もそうだったけど、拍車がかかると意外に大胆なんだよな、
玄関で靴を履き、純と夏子は外に出る。
むっとした外界の熱気が、室内の冷たい空気を一気に吹き飛ばし、全身を飲み込む。
不快そうに顔をしかめながら、純は溜息をついた。
「琴乃はオレに『念押し』したかったんだ。 “連絡先まで交換して、オマエはすでに鳳佳に大きな影響を与え始めてる。 ちゃんと責任とれよ?”って」
言いながら、トントンと地面でつま先を打ち、靴のズレを直す純。
「まぁ、アイツに言われなくても、式典くらい最初から出るつもりだったけどな」
正直、気は進まなかったが、純には桜井学園長と結んだ『約束』がある。
仮に今回、鳳佳本人からの招待がなくても、彼女が行く事を決めた時点で、いずれ学園長から、参加の要請が来たはずだ。
「やれやれ……」
小さく呟く純。
自分と出会った結果、式典へ出ようと鳳佳が試み始めたのは良い傾向と言えるが──
「これは、いきなりハードルが高すぎると思うけどな。 何をそんなに焦ってるんだか……」
彼の言葉を聞いて、夏子はしばらく黙った後、口を開いた。
「──『だから』じゃないかな?」
「え?」
純が疑問符を浮かべる。
「……うーん……なんて言ったらいいかな……」
数秒、言葉を選んで、彼女は慎重に続けた。
「きっと鳳佳ちゃんは、姫ちゃんと出会ったからこそ──“弱い自分をもう見せたくない”、“この先ずっとこのままじゃ、いつか失望されるかもしれない”──そう思って、無理に恐怖症を克服しようと焦ってるのかも」
夏子の唱えた説は、どこか重い説得力を持っていた。
「……なるほど」
純は鞄を肩にかけ直し、照りつける日差しに、再び顔をしかめる。
「ごめんなさい。 私、まるで“あなたが原因”みたいな言い方を──」
申し訳なさそうに夏子が謝るのを、純は途中で遮った。
「別にオマエが謝る事じゃない。 それにどっちにしろ、琴乃の言うとおり、もうここまできたら、オレがやるしか無いんだよ」
ガシガシと長髪を掻き乱しながら、純は眉間にシワを寄せ、覚悟を決めたかのように、すうっと一度、空気を吸い込むと、地面を強く踏み締めて、歩き始めた。
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