第2話(6)

 店から出ると、すでに外は暗くなっていた。

ずっと室内にいたので気付かなかったが、どうやら雨が降ったらしく、アスファルトが濡れていて、夜気に漂う雨上がりの空気が、蒸し暑さを余計に感じさせた。

「楽しかったー。 誠也くん、また絶対誘ってね!」

「あたしも!」

「任せといて!」

帰路を歩く全員の先頭で、誠也は『両手に花』状態にある。

(なんだかんだモテるんだよな、アイツ……)

後ろから、彼の姿を純が見ていると、

「今日はありがとね。 すごく楽しかった」

いつの間にか隣に火憐がいた。

「なんでオレに言うんだよ? 礼を言うなら、幹事の誠也にだろ」

「だって姫宮くん、ずっとあたしの相手してくれたんだもん。 他の子と話もしないで」

そういえば、火憐以外の子とは、結局ほとんど何も話していない。

「まさか、本当に一緒に歌ってくれるとは思わなかった。 女の人の曲なのに、よく歌えるね」

「……まぁ、冬月よりは上手かったろ?」

「えー!何それー!ひどくなーい?」

皮肉を言う純の腕に、火憐が軽く拳をぶつける。

道は街中から少し離れ、街灯の明かりも、まばらになってきた。

「あ、学園が見える」

火憐の呟きに、純も目線を向ける。

少し先で、夜の空をバックに、学園の校舎が聳え立っていた。

「あれ?」

今度は純が呟いた。

校舎の一角、明かりがついている。

あの位置は、図書室のある辺りだ。

(もしかして、アイツ、今日も──)

そう思った瞬間、純は火憐の方をふり向いた。

「冬月。 ……あの、ちょっと、頼みがあるんだけどさ」

「え、な、なにかな?」

急に真剣な目で、そんなことを言われたので、火憐の体に緊張が走る。

「貸してくれないか?」

「な、な、なにを?」

純の目線は、火憐の瞳を捕らえて離さない。

「お前の──」

「わたし…の?」

次に純が繰り出す言葉を想像して、火憐の頬が紅潮する。

そして、再び純の口が開いた。


「お前のさ、──ジャージ」



「……へ?」

「汚したりしないから、今日だけ貸してくれないか?」

「──え、あ……良い…け…ど」

あまりのことに茫然としながら、火憐は鞄からジャージ袋を差し出した。

「すまん! 返すときに連絡するから、オレの連絡先、教えとくな」

火憐はまだしっかりと自意識の戻らない状態で、純のデータを受診する。

「誠也! 悪いけど、ここで別れるわ!」

携帯をポケットに入れ、純が先頭を歩く誠也に言う。

「了解。またな!」

返事する誠也と、横で手を振る女子達。

純はもう一度、火憐を振り返った。

「今日はいろいろと、ありがとな」

滅多に見せない微笑みを見せて、純が颯爽と走り出す。

火憐はその笑顔に面食らって、再び、ぼーっと立ち尽くした。

「……!」

ハッと我に戻って、携帯を見ると、アドレス帳に新しく『姫宮 純』の項目が追加されている。

それを確認し、火憐は携帯を握りしめると、呟いた。

「やったぁ…!」

火憐が喜んでいるその傍ら、走り出した純の腕を、何者かが掴んだ。

「?」

振りかえると、合コンに参加していた、純の知らない容姿の整った男子だ。

「……なに?」

怪訝な表情を浮かべて純が尋ねるも、彼は答えない。

顔を伏せて、ただ黙っている。

「あの……、今から用事があるんだけど……」

ただならぬ雰囲気を感じて、純がそう尋ねる。

男はゆっくりと口を開いた。

「姫宮 純……さん!」

「……“さん”??」

突然、彼が大声でそう言ったので、純はキョトンとした表情で聞き返した。

しかし、彼は続けて振り絞るように言った。

「ここで会えたのも何かの縁! よかったら……あの、──連絡先を教えてください!!」


───。


時が静止したかのようだった。

前を歩いていた者達も足を止めて、純たちの方を見た。

男が続ける。

「今日初めて会った時から、一目惚れで。 何度か話し掛けようとしたんですけど、緊張しちゃって……!」

「……」

ようやく状況が飲み込めてきた純の肩が、わなわなと震えだす。

思えば、今日の純の自己紹介──

確かに、純は誠也が“女の子で~す”と挟んだ冗談を、否定はしなかった。

仲良く火憐と喋る姿や歌う様子も、勘違いを加速させたかもしれない。

どうやら彼は、それを真に受けてしまったらしい。

(──って、普通わかるだろッ!!)

「……ッ!!」

純は思い切り、男の手を振り解き、両足で地面を踏み締めると、眉間にシワを寄せ、大声で叫んだ。

「オレは男だッッッ!!!!」



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