第1話(7)

──………。




 沈黙が数秒、オレ達の間を満たした。

なんのアクションも無いので、オレは先に切り出す。

「……アンタが学園長の言ってたヤツ?」

「…」

無言。

「……違うのか?」

「…」

無言。

「……おーい」

「…」

無言。

完全にフリーズしてるな、コイツ。

「…」

……見えてるかー?と、ヒラヒラ手を振ってみた。

「…!」

本当にフリーズしていたらしい。

ちっこい女は「はっ」と我に返り、ようやくドアノブから手を離して、こっちに近づいてきた。

「何か学園長から話聞いてないの?」

次々と繰り出す問いには答えず、オレの横を通り過ぎて、テーブルの上の何かを取ろうと手を伸ばす。

そのとき──

「…ッ!」

明らかに女の手が、ぴくっと震えた。

そして、そのまま再びフリーズ。

……なんなんだ、コイツ。

「どうしたんだよ?」

横顔を覗き込むと、女は驚いた表情で、机に置かれた『例のノート』を見つめている。

瞬間、オレは興奮に震えた。

その顔は、“このノートが顔”だったからだ──。

「この『ノート』、知ってるのか!?」

「…」

思わず女に詰め寄る。

「なにか知ってる?!」

「…」

女は何も言わない。

「この中の──小説の続きが知りたいんだ!何か知ってるのなら教えてくれよ!!」

「…」

何も言わない。

「なんで黙ってる?!」

「…」

!! 

もしかして──

「まさか……これ──アンタのか?」

「…」

「アンタが書いたのか?」

「…」

「なぁ、何とか言えって──!」

…………。

──気がつくと。

オレは、そいつの両肩を強く掴んでいた。

「…」

そして、掴まれた女はオレの手の中で小さく震えていて、その瞳いっぱいに涙を溜めているのが見えた。

「あ──」

ようやく、冷静さを取り戻したオレが、パッと手を離した瞬間──

女は驚くような速さで、オレの視界から駆け出し、ドアを開けて図書室から出て行った。

「……ああ、そうか」

その後ろ姿には、見覚えがあった。

──あの日、暗闇の階段下で、ぶつかった女子生徒と同じだ。

「……」

今度はオレがフリーズする番だった。

「……クソッ!」

顔をしかめて目を閉じる。

瞼の裏には、怯えたアイツの顔がまだ焼き付いていた。










「どうでしたか?──」

学園長室に戻ったオレは、元の男子生徒の出で立ちに戻っていた。

「──と、聞くまでもなかったかしら」

さっきと同じ椅子に座った桜井学園長が、オレの顔を見て言った。

この言い方からして、オレの現状はもうすでに予期していたようだ。

「アイツは一体、誰なんだ?」

オレは、しかめっ面のまま、学園長に尋ねた。

「あなたが探していた、学年──いいえ、学園開校以来・・・・・・、一番優秀な生徒よ」

再度、桜井学園長はオレに夏子の隣の椅子を勧めた。

オレが座るのを待ってから、学園長は話し始めた。

「彼女の名前は王城 鳳佳おうじょう ほのかちゃん。 歳はあなた達と同じ高校1年生よ。 姫宮さんは、『王城家』をご存知かしら?」

オレは首を横に振って答えにした。

それに頷いて、学園長が説明を続ける。

「王城家はね、全国でも屈指の『名家』なの。 “しきたり”や“決まり”が、とても厳しく、代々様々な偉人を大勢生み出してきた──」

学園長は、にこりと微笑む。

「──当然、鳳佳ちゃんも、その一人」

そのとき、コンコンと、ノックの音が部屋に響いた。

“失礼します”と入ってきたのは──、養護教諭の琴乃だ。

手に持った盆の上に、麦茶入りのグラスを載せている。

「ありがとう。 話が長くなりそうだから、助かるわ」

桜井学園長は礼を言って、琴乃からグラスを受け取る。

オレと夏子の前にも置かれ、琴乃と目があった瞬間、さり気なくこっちにウィンクしてきた。

そのまま、まるで秘書のように、桜井学園長の隣に着く琴乃。

グラスを置いて、学園長は話を続ける。

「鳳佳ちゃんが優秀なのは、さっきも言った通りよ。 彼女は間違いなく、この学園きっての頭脳の持ち主なの」

どの程度なんだ?と思ったオレに、学園長は、すぐ答えを告げた。

「既に、海外の飛び級制度で、名門大学を『首席』で卒業しています。 『博士号』だって、持っているわ」

……。

「──マジかよ……」

思わず、口をついて出た。

博士号だって?

そんなヤツには、全然見えなかったぞ。

「あらあら、“人を見かけ・・・で、判断するのは良くない”──それは、姫宮さん自身が、一番よくわかっているんじゃなくて?」

微笑んで言う学園長に、オレの隣でクスクスと夏子が笑いやがる。

「だけど、なんでそんなヤツが、この学園に通ってるんだ?」

オレの質問に数秒黙ってから、学園長は答えではなく、違う話をし始めた。

「さっきも言った通り、彼女のお家は厳しい家柄でね。 あの子にとって、それは過酷とも言える環境だった──学問、習慣、思想、身なり、振る舞い、幼い頃からの留学──現王城家の当主に当たる、あの子の御爺様は、数々の厳しい教育を鳳佳ちゃんに強いた」

だんだんと、学園長の顔から笑みが消えていき、言い終わる頃には、完全に真剣な表情になっていた。

「その教育が、鳳佳ちゃんに、ある影響をもたらしてしまった」

「……影響?」

オレが聞くと、今まで一言も喋らなかった、琴乃が口を開いた。

「姫宮くん──」

ちなみに琴乃は、他の教職員の前では、オレに対する態度が一変する。

「──彼女は、あなたにどんな反応を見せましたか?」

……?

え、“どんな”って──

「──何も言わないで、つっ立ってるから、オレがいろいろ話し掛けただけだけど?」

「それで?」

真面目な顔の琴乃。

こんな表情は初めて見たが、なんかかなり威圧感あるな。

「ずっと無言で……確か……机の上の何かを取ろうとして……その途中、『あのノート』を見て、思い当たるようなそぶりを見せたから──」

また、あの情景が浮かぶ。

「──その……ちょっと勢い余って、オレが質問責めにして、思わず掴みかかっちまったんだ」

「彼女はその時、何か言ってた?」

今度は夏子が質問。

なんだよ? みんなえらく前のめりに聞いてくるな。

「いいや。 結局、アイツは一言も喋らなかったよ」

このセリフを聞いた途端、三人共が溜息を漏らした。

なんなんだ、一体。

桜井学園長が、悲しい表情で口を開く。

「さっきも話した通り、あの子の御爺様は、本当に厳しく彼女に当たったそうなの」

学園長は一度区切って、慎重に言葉を選んで続けた。

「それは、時に……手をあげることも・・・・・・・・あった程にね」

「!」

その瞬間、オレは気づいた。

そうか。

そうだったのか。

アイツ、もしかして──




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