第1話(5)
「それで?」
「それでじゃねぇよ」
次の日=テスト二日目の朝。
オレは教室の机に突っ伏して、眠気に堪えるため眉間にシワを作っていた。
「みんながテスト勉強で寝不足な中、姫ちゃんはこの本──というか、ノートのことを考えていて、眠れなかった……ってこと?」
クスクス笑いながら、夏子がパラパラと『例のノート』をめくる。
「本当に呪いがかかってるのかもね? “読むとぐっすり眠れなくなる”ていう」
「冗談になってねーよ」
サッと、オレはノートを取り上げた。
夏子は改まったように小首を傾げる。
「で、私にそれを見せて、どうしたいの?」
「別に。 ただ、コイツを書いたやつに、心当たりあるか聞きたかっただけだ」
オレの問いに、夏子は両手を肩の高さで広げ、首を振りながら、
「全然」
と言った。
まぁ、だろうと思ったけどな。
「作者を見つけてどうするの?」
夏子がまた尋ねてくる。
「これを返すんだよ。 中に書かれた物語、まだ途中かけなんだ」
「そして、あわよくば続きも知りたい……?」
「……」
夏子のセリフにオレが無言を決め込んだそのとき、
「オーッス!」
軽快に誠也が現れた。
しかし、顔が昨日にも増して
「なんだ? なに勉強してんだよ?」
「してねぇよ」
オレたちを覗き込みながら言う誠也に、オレはノートを渡してやった。
表紙を開いて5秒もしないうちに、誠也はそれを閉じた。
「英語は昨日終わったぜ?」
「だから、テスト勉強じゃねぇって」
「見た人間を『寝不足』にする呪いのノートなんですって」
悪戯っ子のような笑顔で夏子が言った途端、誠也が怪訝な面をする。
だけど、このときの夏子の『呪いのノート』と言う呼称は、あながち外れてなかったのかもしれない。
時間を経るに連れ、『ノート』に対する疑問は、オレの思考をギュウギュウと締め付けた。
それは、さながら孫悟空が頭につけてる『
“作者は何者なのか”
“続きはどうなるのか”
その答えは一向に分からぬまま、時だけが過ぎて──……
ある日、テストの順位表が返ってきた。
「おーい、姫。 な~に怖い顔してんだよ!」
小さな短冊を凝視していたオレに、誠也が話しかけてきた。
そのまま、オレの順位表を覗き込む。
「おっ!珍しい!! お前、一個99点じゃん!! なんの問題を間違えたんだよ?」
「これは提出物を出せなかったからだ。 そんなことより……」
オレの目線は順位の所にある。
「あら、姫ちゃん2位なの?」
いつのまにか、夏子も覗き込みに来てやがった。
「すげぇ。 これってつまり、姫以外に全教科で満点とった奴がいるってことだよな?」
誠也が感嘆の声を漏らす。
夏子は順位表からオレの顔に目を移すと呟いた。
「そんな顔して、もしかして不服なの?」
「違ぇよ」
オレは独り言のように呟く。
「1位のやつかも」
「うん?」
夏子が首を傾げる。
「『ノート』の持ち主だよ」
言いながら、やっとオレは順位表から目を離した。
「まーた始まったよ……。 姫は最近そればっかだな」
下敷きで顔を仰ぐ誠也が言う。
「どうして、そう思うの?」
夏子の疑問に、オレは少し口籠った。
「まぁ……だいたいは勘だけど──」
勘かい!と誠也がツッコんだが、オレは無視。
「──あの物語はあらゆる事に通ずる膨大な知識と、尚且つそれを操る頭の回転がないと書けないはずなんだ。 オレなんかよりも、きっと、もっと頭の良い人間が書いてるに違いない」
二人はなにも言わない。
「なぁ。 何とかして、この1位の奴を特定できねぇかな?」
オレの呟きに、夏子が苦笑する。
「いくらなんでも、自分の順位を自ら公表する自意識の持ち主は、そうそういないでしょうね」
「んなもん、ほっとけばそのうちに“〇〇が一位だったらしい!”って噂が回ってくるだろ。 気長に待ってれば良い」
のんびりした口調で、誠也も意見を言う。
でも、オレは今すぐにでも知りたかった。
『あのノート』を見つけてからと言うもの、何日も物語の続きに飢えて苦しんだ。
とにかく、どんなに小さくても、可能性があるのなら確かめてみたい。
違うのなら違うと言う確証がないと、この疑念は晴れない。
「なんとかできないか、コイツを割り出す方法……」
テストが終わって、あとは夏季休暇に入るだけという軽い空気の漂う学園内で、たった一人、オレだけはモヤモヤしていた。
物語ってのは、思いがけずして『名作』と出会うことが
だが、出会ったのが『作者不明の未完作』なのは、さすがに初めてだった。
「…………」
オレは暇さえあれば作者像を考えた。
まず最大の手掛かりは、綺麗な英語の筆跡。
これだけでも書ける人間は、かなり絞れるはずだった。
いくらこの学園でも、英語で文章を綴れる人間など、そうはいないはずだ。
とりあえず、まずは英語の教師を当たってみた。
答えは“ノー”。
物語を書く趣味はないし、第一、“こんな複雑な文章はすんなりと読めない”とのことだった。
(──英語教師だろテメェ!!)
──と、そんなツッコミは、置いといて。
文芸部員にも当たってみたが、部員全員に否定された。
まぁ、そりゃわざわざ英語で書くようなヤツはいないよな。
そのあと、オレは半ばヤケクソに、文学に関わりそうな部をシラミ潰しに当たってみた。
『演劇部』、『新聞部』、『放送部』、『古典部』、『漫画研究会』、『落語同好会』etc……
結果は全てハズレ。
苦し紛れの策で、交友関係の広い誠也をせっついて、男女問わずいろんなヤツに聞いてもらったが……
それでも、心当たりのあるヤツすら出てこなかった。
「あー、腹立つ!」
何日過ぎても、相変わらず作者は見つからないし、物語の続きは気になるし。
フラストレーションの相乗効果で、オレは常時イライラし始めた。
「まだ探してんのか?」
いつものように昼時、屋上で飯を食っていると、誠也が怪訝な顔をした。
「たかが『小説』一つで、そんなイライラしてたら、可愛い顔が台無しだぞ──いてッ!」
誠也の背中を拳でド突く。
「決めたんだよ! こうなったら意地でも見つけてやる!」
弁当をかき込みながら、オレは傍らに置いた『例のノート』を見る。
「ねぇ、姫ちゃん──」
「あぁん?」
さっきまで黙っていた夏子が、いつもの笑顔で切り出した。
「──そのノートの持ち主。 見つける為なら、なんでもする?」
なんだ、その引っかかる言い方……。
オレは少し警戒する。
「オレにできる範囲のことならな」
こう答えておけばベストだろ。
それを聞いて、夏子は満足げに頷くと、
「じゃあ、今日の帰り、ちょっと付き合ってくれない?」
「いいけど……なんで?」
「あの小説の作者のね──」
瞬間──
オレは立ちあがって、夏子の両肩を掴んだ。
「!! まさか、わかったのか?! コレを書いたヤツが!!」
あまりの速さに、夏子の目が驚いて丸くなっている。
コイツのこんな顔は、早々見られない。
すぐにいつもの笑顔に戻って、夏子は続けた。
「落ち着きなよ。 作者に心当たりがある人を見つけただけだから」
言われてオレは、ゆっくりと夏子の肩から手を降ろした。
「誰なんだよ、ソイツ」
オレの問いには答えず、夏子はまた笑顔で言った。
「一緒に来てくれる?」
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