第1話(4)

次の日──


試験日とあって、いつもよりクラスメイトの集まりが早い。

カンニング防止と称して廊下に荷物類を出し、試験問題を抱えた教師が来るまで、みんなギリギリの調整をする。

『最後の悪あがき』ってヤツだ。

「土壇場で入れた記憶なんて、脳が大脳新皮に送る前に海馬で消しちまうんだから、意味無いのに」

机に頬杖をついて、オレがそう呟くと、

「それはな、姫。 人間だけが言える言葉だ」

隣の誠也が、あくびしながら英単語帳を開いた。











──テスト初日が終了した。

残り三日間あるテスト日程に、早々と全員が帰り支度を始める。

今日の感じで、もっと真剣に勉強しないとヤバイ事に気づいたんだろう。

「んじゃ、また明日な!」

誠也が片手をあげて、席から立ち上がる。

……どうやらコイツも、その一人みたいだ。

「さて、と」

オレは昨日、図書室でやり終えた提出課題のノートを鞄の中から探す。

教卓の上に山積みに置かれたノートを、教科担当の生徒がチェックしている。

もちろん、オレもそこへ出すつもりなんだが──

「……ありゃ?」

……。

「っかしいな」

ガサゴソ……

ない。

あるはずのノートが見当たらない。

「あー……これは、もしかしなくても」

独り言をこぼしながら、昨日帰る直前に、図書室で鞄の中身をぶちまけたことを思い出した。

あの時、部屋の電気は消えて暗かったし、かなり焦ってたからなぁ……。

「しゃーない」

溜息交じりに、オレは一度教室を出た。











 



 昨日と違って、図書室には誰もいなかった。

流石にテストが終わった直後から勉強したがるヤツはいないか。

時刻は昼前で、腹も減ってるだろうしな。

「さて、どこだ~?」

オレはキョロキョロとしながら、徐々に例の特等席へと向かう。

まぁ、おそらくその近くに落ちてるだろう。

「っと……!」

予測通り、ノートはあった。

「…………?」

ただ、なんとなくオレは違和感を覚えた。

昨日、荷物をブチ撒けたのは床だったはずだが、ノートは机の上に置いてあった。

(……誰かが見つけて、机に乗せといてくれたのか?)

しかし、テストのある日の午前中は、通常と違って図書室は閉鎖されているはず。

それが解放されたのは、ほんの少し前のことだろう。

「まぁ、そんなこた、どうだっていいか」

サッとノートを手に取る。

「早く提出しないと間に合わなくな──」

…………。

不意にオレは言葉を止めた。

何気なくノートを開いた瞬間、視界に飛び込んできたのは、ページにびっしりと書かれたからだ。

「なん……だ……こりゃ……」

一度、ノートを閉じて表紙を見てみる。

よく見れば、これはオレのノートじゃない。

デザインは同じ、ありふれた大学ノートだが、オレのノートの表紙には名前とクラス、出席番号、それから以前、誠也と夏子がイタズラ描きした、オレをモチーフにしたマスコットキャラが描いてあるはずだ。

これは絵どころか、出席番号もクラスも、名前すら書いていない。

「英語の授業ノートか? いや、違うな──」

1ページ目にさっと目を通したが、教科書や教材の類ではない。

ましてや、誰かの講義を写したノートでもなさそうだ。

「……もしかして」

だが、じっくりと文章を読むうちに、オレはコレが何なのか検討がついた。

「これ──」

思わず呟く。

文章の中の会話、描写、雰囲気……


これは──

「──小説だ」



















──────

────

──……


「……ッ!」

気がつくと、オレは立ったままノートに書かれた物語を読んでいた。

驚いたことに、時計を見ると一時間くらい読んでいたようだ。

「……あ、まずい。 教師にノートが失くなったこと伝えなきゃ」

謎の小説ノートを途中で閉じ、机の上に戻すと、オレは出口に向かって駆け出した。

「……」

図書室を出る寸前、もう一度、あのノートが置いてある方向を見る。

「……」

いったい、誰のものなんだ?

「……」

なんで英語で書いてあるんだ?

「……」

あの物語の先は────どうなっているんだ?

「……」











「へ? 失くなった?」

オレは職員室に来ていた。

昼飯中の若い数学の教師は、オレの話を聞いて、素っ頓狂な声を上げた。

「というか、誰かが間違えてオレのノートを持って行ったらしくて」

「うーん……それは困ったねぇ」

腕組みする教師に対して、

「だから、今回は課題未提出と見なしてくれて構わない」

オレはそう言った。

すると教師は、

「まぁ、さっき丁度姫宮君の答案を採点したんだけど、実は今回も満点だったんだ。 ただ、課題が未提出となると、点数が1点引かれて99点になっちゃうんだけど、構わないかい?」

そう尋ねてきたので、

「それでいい」

オレは了承して、職員室を後にした。








 夏を迎えようとしている梅雨のジメジメした空気と、太陽の光を吸収してムッとするような熱を吐きだすアスファルト。

遠く道路の向こうにある信号が、蜃気楼でゆらゆらと揺らいで見える。

そろそろ、蝉の声が聞こえ始めるんだろう。

自宅にたどり着き、とりあえずシャワーを浴びて、自分の部屋に戻ったところで一息つく。

「……」

ベッドに腰かけ、鞄を見つめた。

そして、思い立ったように、中から『あのノート・・・・・』を取りだす。

結局オレは、このノートをあの場所から回収して来た。

「……誰のものだ?」

独り言を言いながら、“表紙を見つめていたら作者の名前が浮き出てくるんじゃないか”とか考えて、凝視してみる。

当然、そんなことはなかったが。

そういえば、どこの国だったか、半端なく面白い本を『悪魔の本』と呼ぶそうだ。

没頭すると手放せなくなって、呪われたように昼も夜も読み続けることからそう呼ぶらしい。

「……悪魔の本、ね」

オレにとって、まさに、この本は『悪魔の本』なのかもしれない。

それ程までに、この中に書かれた物語は面白い。

「まぁ、呪われたら、呪われたまでだな」

また独り言を呟いて、オレはノートを開くと、さっき読み進めた場所を探し始めた。



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