第1話(2)
基本、飯を食った後の授業ってのは眠いものだ。
教師の話も、黒板に書かれるチョークの字も、不思議と目や耳に入らなくなる。
しかし、窓際で一番後ろの席であるオレは、暑い日差しが照りつけ、汗をかいた体が気持ち悪くて眠れない。
ウチの学園は、私立のくせに一般的な学ランとセーラー服という、珍しい校風なのだが、男子のオレ的に、衣替えになって、簡素なワイシャツになると、これでよかったと思う。
にしても、それでカバーできないくらい、今日は暑い。
教室のクーラーが入るのはもうちょい先か……
やっと終業の鐘がなった時、オレは伸びをして、パタパタとシャツの襟を揺すった。
掃除をやって、帰りのホームルーム、全員が帰路に着く準備をし始める。
「純、また明日な!」
「おう」
「姫宮くん、バイバイ」
「おう」
机の横を通るクラスメイト達が、別れのあいさつを交わしていく。
「さぁ、オレらも帰ろうぜ」
隣に座っていた誠也が、鞄を持って立ち上がる。
「残念だけどな、誠也。 お前は一人で帰ることになりそうだぜ」
「なんでだよ? 用があるなら付き合うぜ? オレたちの仲だろ?」
肩を組んでくる誠也に、無言で『問題集』を見せた。
オレは今から学園に居残って、明日提出しなきゃならない課題を一気に片付けるつもりなのだ。
「……まぁ、頑張れよ! 応援してる!」
全てを理解した誠也は、言うが早い、教室の出口に歩いて行った。
ヤツの言う“オレたちの仲”は、意外とあっさり打ち砕かれたらしい。
「さて……」
誰もいない教室で、ひとり呟く。
自分の席でやる気は起きない。暑いから。
となれば、向かうところは一つ。
オレは教室がある校舎から、渡り廊下を使って職員棟へ移動する。
そこの4階には、教室2つ分の広さと、その広さを埋め尽くす膨大な本。
暑い時は必ず、問答無用でクーラーが効いている場所──『図書室』がある。
いつもはゼロ、もしくは数人しかいないハズだが、さすがテスト期間とだけあって、結構な数の生徒がいた。
さぁ、特等席はどうなっているかなぁ……
「よし、空いてるな」
オレがいつも座る席は、部屋の一番奥の角にある。
廊下に面した窓は分厚いカーテンが閉めてあり、背にしている棚は、地域史や学園史しか置いてないので、滅多に人は寄り付かない。
集中して本を読んだり作業するには、これ以上ない環境だ。
そんな好条件の席に、なぜ誰も座らないのかと言えば、オレがちょっとした細工を施したせい。
「よっと……」
あらかじめ、机に広げておいた辞書や本を片付け始める。
こうして、何らかの本を席に広げておけば、使用中と勘違いして、誰も座らない。
司書や図書室の管理人に見つからない限り、どれだけ放置しても、本は戻されたりしない。
…………。
……ああ、自己中だと思ってるさ! 文句あるか?
オレは人避け用の本を近くの棚に戻し、鞄から問題集の山とノートを取り出すと、首の関節を鳴らす。
「さて、と。やりますか」
それから1時間半くらいが経っただろうか。
今回の試験範囲も、授業を普通に聞いていれば、何の問題もない難易度だな。
全科目の宿題は終わった。
あとはサラッと見直すだけ──と思った時。
暑さから逃れて、図書室で作業したことが、結果としてアダになった。
ちょうど良いクーラーの心地良さが祟ったのか、急激な睡魔がオレに襲ってきたのだ。
(うぅ……最近、ホントに突然眠くなるなぁ……)
授業中は眠くても眠れなかったし、人目に付かない今の環境に、オレは必死で耐えつつも、何度か夢の世界に片足を突っ込んでいた。
(……やば……眠い……)
そしてついに、何度目かの自我の消失の後、オレの意識は遠のいてしまった。
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