第2話 美しい星空を見上げながら
飲み干したカップを机に置いて、ルークはほっとため息を夜の気配に溶かす。そうして、また窓から身を乗り出して無垢な星空を見上げた。
「こう言う運命を辿る惑星も宇宙じゃ多いのかなぁ」
「罪深い星ばっかだったりしてな」
罪深い星、宇宙に命を宿す星が他にあったとして、それらも俺達と同じ運命を辿って欲しかった。だとしたならこの星だけが特別な失敗だって思わずに済む。俺達の下した選択だって、きっと当たり前の事なんだってそう思いたかった。
この想いが伝わったのか、相棒も俺の話に相槌を打つ。
「ハハ、違いない」
うまく落ちがついたところで、俺達は顔を見合わせて笑い合った。心地良い雰囲気に酔っていると、何かを閃いたのかルークが俺の顔を覗き込む。
「なぁ……、星座ってこう言う時に生まれたのかな」
「最初は大昔の暇潰しとかだったんじゃねぇの?」
俺はそこまでロマンチストじゃない。星座と言われても分かりやすいのをひとつかふたつ知っているくらいだ。なので適当に話を合わせていると、相棒はこの話を更に広げてきた。
いきなり星空に向かって指を指すと、ニヤリと得意げな表情を浮かべる。
「例えばさ、あの星とあの星を繋げて……」
「いや、どの星とどの星だよ、分かんねぇよ」
「……俺、説明下手なんだよ」
「知ってる」
うまく話が伝わらなかったと言う事で、星座の話はここでお開き。俺達はお互いのダメさ加減に呆れてまた笑い合う。本当、どうしてこんな2人があの激しい戦いの中で生き残れたんだろうな。
それが祝福なのか罪なのか、馬鹿な俺には判断が出来ないでいた。
飽きもせずに星空を眺めていたルークは、この静かな気配に記憶がフラッシュバックしたのか、独り言のように語り出す。
「昔はさ」
「どのくらい昔の話だ? まだ俺達がまともだった頃か?」
その淋しそうな背中越しに、俺は相棒が何を言いたいのかを先読みした。俺達だって産まれた時からゾンビだった訳じゃない。軍の実験に揃って志願するまでは普通の人間だった。ルークが懐かしく昔を思い出すとしたら、そんな頃の話に決まってるんだ。
この俺の読みの答え合わせをするかのように、相棒は俺の顔を振り返る事もなく話を続ける。
「あの頃、夜ってのは酒を飲んで寝るだけだったよ」
「あの頃の大人はみんなそうだろ」
「星空なんか見る事もなくて……」
「星自体よく見えなかったからな」
そう、管理AIが人類の抹殺を決めるまで、人間社会は栄華を極め、昼も夜もなくエネルギーを浪費し、工場から出る煙は夜空を曇らせていた。星空と言う言葉すら昔話に出てくる概念にしてしまうほどに空は汚染されていたのだ。
AIは臨界を超えたこの汚染の浄化プロジェクトを実行し、その流れで人類の抹消を冷徹に決断する。ゆるゆると絶滅に向かう人類の残り時間をいきなりリセットしようとしたんだ。
結果として空を汚す元凶は目論見通りに消滅し、美しい星空は戻ってきた。俺達が昔の人類と同じものを目にした頃には、もう何もかもが手遅れになってしまっていたんだ。
「お、流れ星」
ずうっと夜空を眺めていたルークがつぶやく。生憎俺はこの時窓の外を見ていなかった。この流れ星もまた、少し前までは物語の中だけの概念だって思われ続けていた。夜空がクリアになってからも熱心に眺めなかった俺にとっては、今でも幻の存在だ。
今から流れると事前に分かっていたとしても、積極的に探そうだなんて思わない。
だけど、どうやら相棒は違うようだ。だからこそ星空を眺め続けられるのだろう。そこで、俺は流れ星に関するおとぎ話の一節を思い出した。
「何か願ったか?」
「今更何も望まないよ。隣にお前がいれば十分」
ルークは軽い感じでサラッと言い切る。その本音なのか社交辞令なのか判断の難しい一言に、俺は無難な返事でお茶を濁した。
「そいつはどうも」
「この星空を見ているとさ、こんな時間が永遠に続きそうな気がするよな」
「宇宙全体で言えば、明日も明後日も続いていくんだよ」
相棒のポエミー攻撃に対して、俺は現実路線で応戦する。これが俺達のいつものやり取りだ。この話の流れに相棒は乗っかってきた。
「逆に言えば、毎日どこかで星が終わっているのかもな」
「破壊と創造かぁ……神の声でも聞こえねぇかなぁ」
「聞こえてたらここにはいねぇさ」
ああしまった。今度はつい俺がポエミーになってしまった。こんな風にいつの間にか攻守交代している事も俺達の中ではよくある事。だから本質的には似た者同士なんだ。ただ、お膳立てされたように2人だけが生き残った現実を考えると、そこに目に見えない何らかの力が関わっているとも思えてくる。
だからって、神とか言う知らないヤツの気まぐれとは思いたくはないけどな。
ここで、ルークは壊れて時を刻まなくなった時計の数値を確認する。
「もうカウントダウンは始まってんのかな」
「知りたいのか? 俺はやだね」
「俺だってそうだよ。けど……」
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