説明台詞なしSSサンプル その5
地球最後のゾンビ
第1話 世界の最後の夜
放棄された軍の保養所に、俺達は身を寄せていた。主を失った建物は、それでも律儀にエネルギーを生み出し、勝手に入り込んだ俺達にさえ快適な空間を提供してくれる。
疲れ切った俺は1人ゲストルームのベッドに横になった。
やがて日は沈み、空には星達が輝き始める。その深く重い夜の重さに耐えきれなくなり、俺はまぶたを上げた。しばらくの間は何とか眠ろうと試みたものの、決して俺達は眠らない、いや眠れない。だからこそ眠る真似事をしてしまう。もう起き続ける必要もないのに、この体は眠る事を許さない。
数時間横になってみても、結局は何も変わらなかった。眠れなかった代わりに、俺は大きく口を開ける。
「ふあぁ~あ」
「よお、起きたか」
傍らでは、相棒のルークが椅子の背に腕をかけて、呆れた顔で俺を眺めている。ベッドで横になっていた俺はムクリと起き上がると、ずっと俺の顔を眺めていたこの暇人に外の様子を聞いてみた。
「どうだい、世界の最後の夜は」
「ああ、相変わらず空の宝石箱だよ」
そう、あの戦いを経て地上はとてもキレイになった。だからこそ本来の暗さを取り戻した夜空には、まばゆいほどの満天の星空が広がっている。余計な音もしなくなって、世界は元のあるべき姿を俺達にこれでもかと見せつけていた。
世界の終わりの景色なのに、いつまでも今のままが続きそうで、俺はその違和感をうまく頭の中で処理出来ずにいる。
「な~んも起こらねぇな」
「意外とそんなもんだろうよ」
「色々思い出すか?」
「まぁなぁ……」
ルークは何もない夜に見るものは星空しかないと言った感じで、窓の外を眺めながらずっとその姿勢を崩さない。話し相手の俺が起きて安心したと言うのもきっとあるのだろう。
この世界に、少なくともこの辺りにはもう俺達しかいない。それは相棒だって分かっている。その事実をお互いこの目にしっかりと焼き付けているからな。
だと言うのに、あいつはまだ同じ事を俺に聞いてくるんだ。懐かしい思い出話を語るような雰囲気で。
「みんなどうしたんだろうな」
「みんなくたばっちまったんじゃねぇか」
「かもな……」
俺はルークを刺激させないように、言葉に含みを持たせる。こんな時だって少しは希望だって必要だ。夢、と言い換えてもいいのかも知れない。
マトモでい続けるには現実ばかりじゃ足りない。抱えきないものをずっと背負っていたら、いつか潰れてしまう。少しでも負担は軽くしなくちゃいけないんだ。
俺は同じように窓の外の星空を眺めながら、そんなひとかけらの作り話を口にする。
「そりゃどっかで俺らみたいになったやつもいるかもだけど」
「だといい……よくないか」
ルークは一瞬軽く微笑みかけ、すぐに顔を横に振る。俺達みたいなのは本当はいちゃいけない。だからこそ俺達は互いにかけがいのない存在だ。
2人だからこそ、今までどんな困難も乗り越える事が出来た。少なくとも俺はそう思っている。
「俺はお前がいて良かったよ」
「話し相手って大事だよな」
「気が合う話し相手、な」
俺達はそう言って笑い合う。この静かな世界で、俺達のどちらかしかいなかったらとっくに心が壊れていただろう。それだけ誰かの存在って言うのは大事なんだ。
たとえ先がなくても、その時まで生き続けていないといけないのなら――。
星空を見るのに飽きた俺は、相棒のためにコーヒーを淹れる。とは言っても、湯を注ぐだけの簡単なやつだ。俺にはこれしか作れない。
俺がコーヒーカップを渡すと、ルークは黙ってそれを受け取り、ゆっくりと口に含んだ。
「静かだなぁ」
「生き物いないもんな」
俺は静寂の理由を自分に言い聞かせるように口にする。そう、もうこの世界に生き物はいない。全てを巻き込んだ戦争が起きてしまったからだ。これが人間の起こしたものならば、どこかで線引きが出来たかも知れない。ただ、この戦争はそうじゃなかった。
相手はAI。デジタル思考の敵は人類の全抹消を決めたのだ。
眠らない完全自動制御の敵に対抗するために、人類は持てる力を全て使ってついに眠らない兵士を完成させる。それが俺達だ。眠れないだけでは相手に勝てないと言う事で更に研究は進められ、ついには死なない兵士へとバージョンアップした。あの悪魔の機械共に対抗するためには必要な事だったんだ。
眠りもしない、死んでも死なない生き物はもう人間じゃない。ゾンビって言う化け物だ。
ゾンビ兵となった俺達は必死でAIに抗った。終わらない戦いは昼も夜もなく続き、結果として地上の全ての生き物を巻き添えにしてしまう。
激しい戦いで俺達以外の仲間は力を使い果たして消滅、守るべきはずの人類だってもうどこにもいやしない。どうして俺達だけが生き残ってしまったのだろうとすら思ってしまう。
時折見せる相棒の深い悲しみに満ちた淋しそうな顔は、俺以上の苦悩を抱えているようにも見えていた。
「賑やかな夜が懐かしいか?」
「いや、
「俺もだ」
良かった、まだ冗談を言い合える余裕がある。俺はルークの笑顔に胸をなでおろした。最後の最後に相棒まで失ってしまったら、俺だってマトモでいられる自信がない。
最後のその時を迎えるまで、俺はお前と一緒にいたいんだ。唯一背中を預けられるお前と。
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