第7話 久世君、黒猫に導かれる

「おーい! 助けてくれー!」

「無駄だってば」

「いや、無駄じゃない」


 いきなり渋い声がこの世界に乱入してきて俺はビビる。すぐに声の主を探してキョロキョロと左右に振るものの、俺の視界からはそれを見つけられなかった。

 混乱がピークに達しようかとしたその時、俺の足元に柔らかい何かがすり寄ってくる。気になって視線を落とすと、そこに黒猫がいた。さっきまでこの世界にはいなかった生き物だ。この突然の珍客の登場に俺は目を丸くする。


「ええっ、いつの間に……」


 驚く俺を無視して、猫の視線はソファでくつろぐリルルに向けられた。


「いい加減にしてくれんかの。お主のワガママは度が過ぎるんじゃ」

「ふ、ふーんだ」


 猫からの指摘を受けた彼女はぷいっと顔を背け、反抗的な態度を取る。このやり取りからして、この2人は今ここで初めて出会った仲ではなさそうだ。

 渋い声で喋る黒猫と夢の世界を支配する悪魔の組み合わせに奇妙なシンクロを感じた俺は、猫を指差すジェスチャーをしながらリルルに声をかける。


「あれは、お前の知り合いなのか?」

「知らない!」


 この質問が気に障ったのか、彼女はへそを曲げてまともには答えなかった。それはある意味正解を口にしたのと同義だ。そこで俺は適当に物語を組み立てていく。

 黒猫はリルルと敵対関係にあり、過去幾度とやりあっていた。そうしてその戦果はリルルの負け越しなのだろう。そう考えると、この状況にも納得がいく。


 ――そこまで考えていた俺は、ここでふとある真理に辿り着いた。


「……待てよ? 部外者が来たと言う事は出られるんだよな」

「その通りじゃ、行くぞ!」


 俺がこの結論に達したと同時に黒猫はいきなり飛び出した。そうしてそのままどこかに向かって走っていく。あの猫を追いかけて行けば、この夢の世界から出られるのでは?

 まだハッキリと理解は出来ていないものの、俺は今こそがチャンスだとばかりにワンテンポ遅れて走り出した。


「ま、待って!」


 走り出すのが遅かったため、猫に追いつくまでには距離があった。もう少しで追いつけると油断した次の瞬間、リリルが瞬間移動して俺の前に立ちはだかる。


「私、出さないよ!」

「うわっ!」


 いきなり彼女が目の前に現れたものだから俺は驚いてぶつかりそうになった。何とか接触は避けられたものの、絶対に夢の世界からの脱出を阻止したい彼女によって、俺はこれ以上先には進めなくなってしまう。

 邪魔するリルルを力づくでどかせようとするものの、そうしようとした瞬間に体が硬直してしまうのだ。これも夢魔の力のひとつなのだろう。

 どうにも出来なくて俺が困り果てていると、黒猫の方が異変に気付いて戻ってきた。


「しょうがないのう。お仕置きじゃ!」

「キャアアア」


 黒猫はしっぽを長く伸ばし、ムチのようにしてリルルを打った。この攻撃によってリルルは何らかのダメージを受けて叫び声を上げ、その場にパタリと倒れる。

 俺は一撃で夢魔を倒したその力量に感心しつつ、倒れた姿を見て少し心配にもなった。


「し、死んだ?」

「死にはせんよ、気絶しただけじゃ。それよりわしについて来い」


 邪魔者がいなくなったと言う事で、俺は逃亡劇を再開させる。走っていく内に周りは光を失い、どんどん暗くなっていく。先導するのは黒猫、このままでは見失ってしまうと思っていたら、今度は猫の体の周りが発光して問題なく視認する事が出来ていた。

 夢中になって走っていると、やがて前方から光が射し込んでくる。その光はやがて大きくなり、いつの間にか俺は光の中に完全に溶け込んでいた。


「あ……」

「良かった、起きたか」

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