第6話 久世君、いきなりのホラー展開にビビる

 リルルは最初この地震を否定するものの、その舌の根の乾かない内に更に大きな揺れが到来、この事態に困惑した表情を見せる。揺れはその後もどんどん大きくなり、体感で震度5クラスの激しいものとなっていた。

 幸い、この夢の世界には落ちてくる物はないため、何かの落下を心配する必要はない。ただ、揺れが酷くなるとまともに立てなくなってしまう。リルルもまた寝転がっていたソファから動けなくなっていた。


 2人共がその状態で何も出来ないでいると、今度は揺れ以上の大きな変化が訪れる。それは怖くて天井をずうっと見つめていた俺の目にいきなり飛び込んできた。

 何と、天井にひび割れが入っていたのだ。夢の世界の崩壊が始まっていると、俺は直感で理解する。


「て、天井が割れるぞ!」

「キャアアア!」


 激しい揺れと世界の崩壊。この状況にパニックになっていたのはむしろリルルの方だった。彼女は金切り声を上げて半狂乱になっている。

 夢とは言え、普通では有り得ないこの光景。彼女が正気を失っているせいで逆に冷静さを取り戻した俺は、もしかしたらもうすぐこの夢が覚めるのかもと希望を見出し始めていた。

 どう言う理屈かは分からないけど、ずっと起きない俺を心配した誰かが外部から俺を起こそうとしているんじゃないかと思ったんだ。


 この俺の推測はどうやら間違いではなかったらしい。ひび割れの激しくなった天井はついに崩落を始め、欠けた天井の隙間から誰かの目が覗き込んできたのだ。

 その目は夢の中の俺達を視認すると、突然夢世界に響き渡るほどの大声を発声させる。


「見つけたああ!」

「何だ、何なんだー!」


 流石にこの声には俺も驚いて腰を抜かす。天井から謎の巨大な目玉に見つめられて、更に叫ばれたら誰だって同じ反応をするだろう。ファンシーっぽい夢はいきなりホラーの悪夢となった。

 本当にこの声の主が俺を助けようとしている誰かなのだろうか? この未知の体験に、俺は恐怖で体が硬直する。


 一方、自分の理想の世界を壊されたリルルは一気に不機嫌となり、その悪魔の力を開放させた。


「出てけー!」


 夢魔の攻撃を直に受けた黒男は、寝ていた俺の額から勢いよく指を離す。それはまるで、突然体に強い電気が走った時みたいな離し方だった。


「うわっ!」

「何っ?」


 ずっと動画撮影していた先生もこの展開は予想していなかったらしく、素で驚いている。黒男は指に残った刺激を打ち消すようにブンブンと上下に振りながら、先生に状況を説明した。


「拒絶された、こんなの初めてだ……」

「嘘でしょお……」


 折角呼んだ助っ人が役に立たないと分かり、先生も軽く絶望する。2人はしばらく顔を見合わせるものの、自分の術が効かない事に事態の深刻さを実感した男が、声のトーンを落として次に取るべき方法を提案する。


「こうなったらあいつを呼ぶしかない」

「もう来ておる」


 男の言葉に呼応するように、渋い声がどこかから聞こえてきた。声の主はヒョイッと俺の寝ているベッドの上に座る。その正体は黒猫だった。この猫の突然の登場に如月先生も目を丸くする。


「え? いつの間に」

わしに任せんしゃい」


 渋く喋る黒猫は驚く先生の顔を見上げるとニヤリと笑い、まるでマーキングするかのようにペロペロと俺の顔を舐めた。そうして俺の寝ている横で丸くなる。これが、この猫なりの他人の夢への干渉方法らしい。

 男が術を使っていた時は熱心にスマホ撮影していた先生だけど、猫が同じ事をやり始めた途端、スマホをしまって真剣に様子を見守り始めた。


 その様子を眺めて自分の役目が終わったと悟った黒尽くめの男は、気配を消してそっと保健室を後にする。



 夢の中の俺達はと言うと、突然の地震も収まり天井も自動的に修復され、平穏が戻ってきていた。あれ? 戻ってきて良かったのかな?

 色々と理解不能な出来事が起こってしまったのもあって、俺は改めて頭の中を整理する。


「さっきのは何だったんだ」

「さぁね~」


 何か知っていそうなリルルは、この現象の正体を俺に知られたくないのか、無関心を装っている。そのあからさまな態度から、俺はある仮説を導き出した。


「俺、思うんだけど、さっきのは俺を起こそうとした誰かなんじゃないか?」

「だとしたら?」


 彼女は頬杖をつきながら頬を膨らませている。どうやらこの仮設が正しい事は間違いないようだ。そこで俺は天井に顔を向ける。もうひび割れは収まってしまったけれど、きっと俺を助けようとしてくれている誰かはまだ近くにいるはずだ。

 ならば――と、俺は思いっきり息を吸い込んだ。

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