第5話 久世君、起こされようとする

「何だよ~。別にお金以外でもいいんだぜぇ~」

「そっちの方がよっぽど嫌!」


 先生はその含みのある要求をピシャリと却下。どうにも交渉がうまく行かないのを不満に感じた男は、片手を腰に手を当てて妥協案を提示する。


「ちぇ、じゃあ貸しでどうだ?」

「いやいい、自分でやる」

「止めとけって、お前じゃ無理だ」


 この男の忠告を無視するかのように、先生は寝ている俺に向き合う。そうして俺の寝顔にじいっと顔を近付けて来た。改めて言うけど、如月先生はとてもエロい雰囲気のある大人の女性。

 この時、俺が眠っていなかったらどれだけ良かっただろう。いやらしい妄想でまともでいられなかったかも知れない。


 残念だけど、夢に捕らわれた俺は現実でこんな事になっている事を知らない。ああ……なんて勿体ないんだ。

 ずうっと顔を近付けていた先生は何かを確認した後にもう一度起き上がると、この様子をじいっと見ていた術者らしき怪しげ男の方に向き合う。


「私がやばくなってもお前はそこで見ているといい」

「わーったよ、本当術士扱いが上手いな……」


 先生の覚悟を受け取った男は、頭をワシャワシャと掻きながら俺を起こすための施術を開始する。先生は作戦成功とばかりにニヤリと笑うと、その場所を男に譲った。



 保健室がそんな悪魔退治バトルモノの様相を見せている中、夢の中の俺は必死に気合を入れまくって疲れ果ててしまっていた。もう気合を入れられないほどに消耗してしまい、俺は荒く息を吐き出しながら床に両手をつく。


「ダメだ……何でだよ! ここは俺の夢じゃねーのかよ!」

「そだよ、ここはもう私の夢。だから全ては徒労」


 リルルはそう得意げに言い放ち、飲み物を召喚する。本当に俺の夢を自分のものにしているみたいだ。試しに俺も真似をしてみるものの、何も召喚出来なかった。

 夢を乗っ取られてしまったと言う現実を前にして、俺は素直にショックを受ける。


「マジかよ」

「だからもうあきらめてよ。私と一緒にいよう」

「いや、あきらめない。あきらめるもんか!」


 俺は残っている気合いを振り絞って何とか立ち上がる。そうだよ、こんなところであきらめる訳にはいかない。俺は絶対この夢から覚めなければいけない。現実の世界に戻らなくちゃいけないんだ。頑張れ、俺。夢を取り返せ、俺!

 この決してあきめない俺の気迫を感じた夢魔は、その根性に少し気後れしているみたいだった。


「どうしてそこまで……」

「今夜見たいアニメがあるんだよ!」


 そう、今夜は俺の好きな深夜アニメ『ぽよぽよぷりん』があるのだ。今週の放送も間違いなく神回との噂。絶対に見なければならない。見ずには死ねない。今夜の放送を見るためだったらどんな無茶だってするぜ! うおおおーっ!

 リルルはそんな俺の思考原理を理解出来ないのか、フカフカのソファーに寝そべりながら首を傾げるばかりだった。



 その頃、保健室の方では黒男が俺を起こそうと、こっちもまた気合を入れていた。具体的には寝ている俺の額に人差し指と中指を当てて念を送り込んでいたのだ。


「ふうううう!」

「へぇ、直接アクセスするんだ。大丈夫? 手伝おうか?」


 男が術を行使する姿を如月先生は珍しそうなモノを見る目で興味深そうに覗き込む。それを邪魔に感じたのか、男は閉じていたまぶたを開いた。


「今は黙っててくれ……」

「……」


 自分の行為に口出しされて気分を削がれた先生はしばらくの間黙っていたものの、ふと何かに気付いて白衣のポケットをまさぐる。そうしてスマホを取り出すと、寝てる俺の方に向かってそれを向けた。

 すぐにその行為に気付いた男が、速攻で気を悪くする。


「何で動画を撮る!」

「まぁ、後学のため?」


 先生は全く悪びれもせず、そのまま動画撮影を続けた。男も先生の性格を知っているのか、それ以降は注意する事なく俺を起こす事に集中する。男の術はやがて夢の中の俺達にも影響を及ぼしていった。

 最初に現れた異変は世界を揺さぶる振動だ。最初は小さな揺れで、それに気付いた俺は思わず天井を見上げる。


「ん? 地震?」

「あははは! 私の世界で地震なんて……嘘?」

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