第4話 久世君、夢魔に気に入られる
保健室で如月先生が意味深で怪しげな笑みを浮かべる中、夢の世界の中での俺は夢魔と尽きる事のない会話を続けていた。
この会話、主に俺が自分の事を話すばかりではあったものの、どさくさに紛れて夢魔自身の事も少しだけ聞き出す事にも成功していた。
夢魔の名前はリルルと言って、やはり夢を操る悪魔の一族らしい。彼女は最近成績の良い友達にバカにされた事で、自分の夢の虜を作りに来たのだそうだ。
この時、偶然仮眠中だった俺が運悪くターゲットになってしまったと、そう言う事らしい。
リルルは基本的に何を話しても興味深く聞いていたものの、特にアニメやらゲームの話に食いついてきた。趣味が合うのはとても嬉しかったものの、ずーっと話しているとネタだって尽きてしまう。
ついに話す事がなくなった俺は、大きくため息を吐き出した。
「も、もう話す事はないぞ……」
「えー」
話のネタが尽きた事で彼女は明らかな不満顔を見せる。俺はしてはもう十分すぎるほどサービスをしたつもりだ。少なくとも話をしろと言ったリクエストにはちゃんと応えられたはず。
今度は自分の番だとばかりに、俺は気合を入れて攻勢に出る。
「早く俺を戻せよ」
「や!」
「は?」
悪魔って契約をしたりするから、約束はちゃんと守るものだとばかり思っていた。それがどうだ、目の前の見た目中学生くらいのちんちくりんなコスプレ悪魔は俺との約束を守る気はさらさらないらしい。
それどころか、媚び媚びのあざとらしい上目遣いで見つめてきた。
「もうずっとここにいよ?」
「いや俺は帰りたいんだよ!」
俺は感情を爆発させて、夢魔のこの図々しいリクエストを却下。キレられたのが意外だったのか、リルルは何か腑に落ちない風な表情を浮かべ、俺の顔をじいっと見つめてくる。
「だって君は寝るのが好きなんでしょ」
「だから家で眠りたいんだよ。今どうなってんのか分かんねーけど」
「寝てしまえばどこで寝てても一緒じゃない」
「う……」
彼女の確信を突いた一言に俺は言葉を飲み込む。確かにそうだ、眠ってしまえばその場所はどこだって特に何も変わらない。眠る時の環境って言うのは、眠りにつくまでの状況の話だ。
さっきの言葉は悪手だったなと反省していると、リルルは強引に俺の腕に抱きついてきた。
「だからずっと寝ていましょ」
「あーもう! 俺は起きたいんだよ! 起きた上で寝たいの!」
俺はその腕を振り払うと、ハッキリと本音をぶちまける。この俺の態度に今度は彼女の方が逆ギレした。
「は? 何それ!」
「起きて楽しい事して、疲れたら寝たいんだよ!」
「絶対逃さない。ずっと一緒にいて」
リルルはアニメの悪魔みたいに目を怪しく光らせる。人間ぽく見えてもやっぱり彼女は悪魔なんだ。人を夢の世界に閉じ込める夢魔なんだ。
俺はこの状況に少しビビりながら、それでも何とか無理矢理に平静を装って彼女に向かって指を指した。
「そうか分かったぞ。お前、俺を呪ったんだろ」
「さてそれはどうでしょう?」
「俺がずっと眠ったままだったとしたら……原因不明の病気扱いになっちまうかもじゃねーか!」
俺はこのままの状態が続く事への不安を訴える。相手は悪魔、こんな主張が通るとは思えないけど、どうしても口に出さずにはいられなかった。
で、当のリルルはと言うと、当然のようにこの俺の心配に対して全くの他人事。
「それでいいじゃない」
「いや、良くない! 俺は起きる! 気合で起きてやる!」
「じゃあやってみてよ。見ててあげるから」
「ふんぬうう!」
彼女に挑発された俺は気合を入れる。そりゃもう死ぬほど気合を入れた。両拳を握って全身に力をみなぎらせる。これが俺の夢ならば、きっとこうすれば何らかの変化は起こるはずだ。
以前明晰夢を見た時に、夢の世界を自由に出来た事を思い出した俺は、当時と同じ事が出来るはずと自分の力を信じきっていた。
その頃、俺が寝かされていた保健室では、如月先生の呼びかけに応じたらしき謎の長髪の黒ずくめの男が、俺の様子を真顔でじいっと見つめていた。
「あーこれ、結構ヤバいね」
「難しい?」
「用意してた札じゃ無理だな。ちょっと値は張るけど……」
男は意味ありげな視線を先生に向ける。すぐにその意図を理解した先生は冷たい視線を男に返した。
「ちょい待ち。まさか私からたかろうとしてないか?」
「無理やり起こすならそれなりの対価は必要だろ? タダ働きするつもりはないぞ」
「もういい、お前に頼ろうとした私が馬鹿だった」
先生は男の態度にへそを曲げると、そのまま俺の側までやって来た。どうやら自分の力で俺を起こそうとしているようだ。
要求が通らなかった男はつまらなさそうな顔で、更に先生に向かってつきまとう。
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