第8話 久世君、やっと目が覚める

 気が付くと、俺は保健室のベッドで横になっていた。そう、夢から覚める事が出来たのだ。意識を取り戻した俺の目に映ったのは白衣の保険医、如月先生。

 外はとっくに日が暮れたのか、天井の照明が人工的な明かりで部屋を照らしている。やはり俺は長時間ぐっすりと眠っていたらしい。ただ、その事実を確認するために俺は先生の顔を見上げる。


「保健室……何で?」

「授業中、起きなかったんだと。保健委員が連れてきたぞ」

「あ、有難うございます」


 先生のその一言で大体の事情を察した俺は、感謝の言葉を伝えた。ただずっと眠っていただけで、他に不調のなかった俺はそのまま起き上がると上履きを履く。

 すると、そのタイミングで足元にいた黒いモフモフと目が合った。


「礼ならわしに言わんか」

「うわあっ! 何で?」


 夢の中で俺を導いた猫がその場にリアルに存在した事で、俺はプチパニックになる。夢の中と同じ渋い言葉を喋る黒猫だ。

 俺がこの現実を受入れられずに焦っていると、全ての事情を知っているらしき如月先生が、優しい表情を浮かべながら説明をしてくれた。


「君が見ていたのは夢であって夢じゃないと言う事だ」

「マジすか」


 夢であって夢じゃない。この一言で俺は何もかもを受け入れた。きっとこう言う世界もあるのだろう。さっきまでの夢の中での出来事も、その夢から目覚めたプロセスも。余計な説明をしなかったと言う事で、詮索はしても無駄だと言う雰囲気も醸し出していた。

 俺はその意図を汲み取り、まるで何もなかったかのように保健室を出ようとする。その俺の背後で先生が改めて声をかけてきた。


「で、どうだ? もう平気か?」

「そうですね……」


 平気だと答えようとしたその時、俺の口より先にお腹がグゥ~と返事を返す。この音を聞いた先生は途端に笑い出した。


「あははは! パンならあるぞ、ほら!」


 先生が白衣のポケットから無造作に取り出したのは割と大きめなメロンパン。どうやって白衣のポケットに入っていたのかが謎なほどの大きさだ。それを手渡された俺はどうしたらいいのか、ちょっと戸惑った。


「これ、いいんですか?」

「ああ。ここで食べても、食べながら帰ってもいい」

「じゃあ、食べながら帰ります」

「気をつけてな」


 パンを貰った俺はペコリと頭を下げると、そのまま保健室を後にする。もう生徒達はすでに全員帰っており、今更道具を取りに教室に戻るのもダルいと考えた俺は直で帰路に着く事にした。

 暗いと言っても時間は夜の8時くらいで、そこまで遅い訳でもない。俺はメロンパンをかじりながら校門を出たのだった。



 俺が帰った後の保健室では、先生とあの黒猫が何やら話をしていた。どうやらその話題は俺についての事のようだ。


「あいつ、既に魅入られとったぞ」

「やっぱり、もう手遅れでしたか」

「乗りかかった船じゃ、お前が導いていけ」

「分かりました、師匠」



 家に辿り着いた俺は遅くなった事もあり、今日の事を両親に報告する。どうやら先に如月先生が根回しをしてくれていたらしく、やたらと心配されてこっちが困惑してしまうほどだった。

 帰った後はいつも通りに過ごして、就寝の時間がやって来る。その少し前には見たかった深夜アニメもリアタイでチェック出来たし、後は明日に備えてぐっすり眠るだけ。

 部屋の照明を消すと、俺はそのまま布団の中に潜り込んだ。


「今日はとんでもない一日だった」


 さっきまで夢の中でさんざん寝ていたはずなのに、いつものようにまぶたを閉じると一瞬で深い眠りに落ちてく。これも俺の才能のひとつなのだろう。

 眠った俺は夢を見る。この時、何か悪い予感を感じたのは気のせいではなかったらしい。夢の世界に辿り着いた俺の前に見覚えのあるシルエットが現れたからだ。

 そう、そこで待っていたのはついさっきまで俺をさんざんもてあそんんでいた、あの夢に住む悪魔だったのだ。


「ふふ、いらっしゃーい」

「なんでだよっ!」


 リルルはニコニコと無邪気に笑いながら俺にすり寄ってくる。俺はため息を吐き出すと、この話好きな夢魔にさっき見たアニメの話を早口で話し始めた。それをリルルは楽しそうに聞いている。

 リルルは本当は俺をずっと眠らせるつもりなんてなかったのだけれど、それを知る事になるのは、散々彼女につきあわされてヘトヘトになった後の事だった。

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