説明台詞なしSSサンプル その2

久世君は今日も眠そう

第1話 久世君、眠りこける

 退屈な授業は子守唄だ。その日の俺はとてもまぶたが重く、2時間目の授業が始まるやいなや机に突っ伏してしまった。教科書すら開いていない。

 それからどのくらいの時間が経っただろう。授業終了のチャイムが目覚まし代わりとなる。そう、俺は2時間目の授業をまるまる眠って過ごしてしまっていた。


 給料分の仕事を終えたやる気のなさそうな現国の先生は、自分の道具をまとめるとそのまま何も言わずに教室を出ていった。

 まぁ、この先生の授業で寝ていたのは多分俺だけじゃなくて、軽く見積もってクラスの5分の1はいたと思う。すぐに寝てしまったので確認は出来んかったけど。


「ふぁぁ~あ」


 起き抜けでまだ意識のはっきりしていない俺が両腕を伸ばして目覚めの儀式をしていると、クラスメイトで幼馴染の来夢ライムがニマニマしながら近付いてきた。


「ねぇ、さっき寝てたでしょ」

「鈴木の授業とか、寝てくれって言ってるようなもんだろ……」


 俺は目をこすりながら適当にやり過ごす。何故ならこいつと変に話を合わせると、休み時間の間ずっと話し続けられてしまうからだ。全く、話好きな人間って言うのは厄介だよな。

 授業まるまるひとつ分しっかり眠ったと言うのに、まだあくびが止まらない。なので、この時間も有効に使おうと、俺は組んだ腕の中に顔を埋めようとする。

 それを見た話好き女子が、興味津々そうな顔で話しかけてきた。


「で、まだ眠いんだ?」

「ほっといてくれよ」

「全く、昨夜何時まで起きてたの」

「寝る子は育つんだよ!」


 好奇心旺盛な来夢からの質問責めを受けた俺は若干イラつく。どうやら彼女は俺の眠りを邪魔したいらしい。ああ、いつだってそうだ。来夢は他に用事がないといつも俺の近くに来ては俺の眠りの邪魔をする。勘弁してくれよ……。別に同性の友達がいない訳じゃないだろうに。

 ずーっと一方に話しかけられてもそのまま無視していると、彼女は俺が寝溜めをしたい一番の理由に気付いてしまう。


「あ、そっか、次は英語だもんね。流石に起きてなきゃかぁ」

「だから邪魔すんなよ」

「今からずっと眠ってれば~?」

「うっせ」


 英語の横島は学年で一番厳しい先生だ。ヤツの授業で寝ていたら、ビンタの一発は確実。噂によると、体罰が騒がれていなかった昔はもっと酷かったらしい。

 俺だってそんなヤバい授業では一度しか眠った事はない。緊張感のおかげで目がギンギンに冴えるからだ。


 けど、何だか今日はしっかり寝ておかないと次の授業でも寝てしまいそうな、そんな嫌な予感を感じていた。俺の予感は大抵外れるけれど、こと睡眠に関しての予感は結構な的中率を誇っている。

 だから、いい加減来夢を無視して俺はギュッとまぶたを閉じた。


 そうやって気合を入れて眠ろうとしてどれくらい経っただろう。気がつくと、俺は見た事もない知らない場所にいた。


「う~ん……」


 確か俺は教室にいたはずだ。来夢の口撃を完全無視して眠りについたはず……眠りについた? 

 この知らない場所の真実に気付きかけたその時、いきなり俺の目の前に中学生くらいの見た目の女子が現れる。ただし、その服装は漫画やアニメで見るようなキャラのコスプレっぽかった。悪魔っぽい感じでご丁寧に耳まで尖っている。

 彼女は俺の前に音もなく近付くと、じいっと顔を覗き込んできた。


「うふふ」

「あ、夢?」


 俺の知り合いこんな趣味の女子はいない。そこで確証を得た。これは夢だと。夢の中の世界だと。

 俺がこの世界を夢だと自覚した瞬間、世界がいきなりパステル調の色合に変わる。さっきまでモノクロだったのに、どうして……。


 俺が戸惑って顔をキョロキョロと動かしていると、目の前のコスプレ女子が元気良く宣言した。


「ようこそ、私の部屋へ」

「ここ……どこだ?」

「だから私の部屋だよ」


 質問の答えになっていないその返答を聞いた俺は、思わず首をかしげる。話が通じない。これは夢だからそうなのか? 

 夢の世界は現実とは違う。夢はありえない事が普通の世界だ。だとしたら、きっと俺がここでずっと考えても正解には辿り着けないのだろう。

 そこで、俺は考えるのを放棄して改めて彼女に向き合った。


「お前、何なんだ!」

「何なんだって……失礼しちゃう!」


 質問の仕方が悪かったのか、コスプレ女子は頬を膨らませながらプイと顔を背ける。機嫌を損ねたのはその言動から分かったものの、これから先どうしたら良いのか分からずに、俺は困惑する。

 そもそも、こんなシチェエーション自体が、俺の人生の中で初めての経験だったのだ。

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