第5話 マッドな博士の研究室

 研究室が絶望の気配に包まれる中、俺は必死であの子の気配を辿っていた。連れ去った男は俺が倒れた事で油断したのか、全く隠蔽対策を行っていない。分かりやすい代わりに最短距離を辿れないのは少しもどかしかった。

 男はかなりぐるぐると道を走っていて――まるで追跡者を巻くように――そのルートを同じように俺は飛び回っていた。


「む、こっちか!」

「待ちなさいよ!」

「ゲエー! 何で……」


 俺が何回目かの交差点を横切った時、目の前に突然レイコが現れた。俺は本気で飛んでいたはずなのに一体どう言う事なんだ。

 頭の中が混乱して何も言葉が吐き出せない中、通せんぼをした彼女は眉を吊り上げて両手を広げ、その場から一歩も動こうとしなかった。


「説明しなさいよ!」

「んなのは後だ!」


 ここでグダグダやっている時間も勿体ないと、俺は多少いらつきながらこの問題を回避する手段を考える。男の子の気配を注意深く辿ると、ショートカット出来るルートが見つかった。

 そこに活路を見出した俺は、すぐに道を外れて壁抜けで近くの民家をすり抜けていく。


「あっ」


 背後で出し抜かれたレイコが何か言っている。当然、それに構っている暇は今の俺にはなかった。一刻も早く男の子を救い出さないと。

 飛んでいく内に段々と気配は強く濃くなってくる。俺は目的地は近いと踏んで、更に気合を入れてスピードを上げたのだった。



 一方、男の子が捕まっている研究室では、博士が機械のスイッチを入れようとしていた。泣き叫んでいた男の子は助けを求めて更にギャン泣きする。


「おじちゃーん! おじちゃーん!」

「おじちゃんなんか来やしませんよ」


 絶叫する声が完全防音の実験室に響き渡る中、陶酔する博士は更に男の子を絶望させようとキツイ言葉を浴びせかけた。そうやってストレスを与え続ける事すら、実験の一部なのかも知れない。

 博士はその叫び声を完全に無駄なものとでも思っているようだが、至近距離まで近付いていた霊体の俺はすぐにその悲しみの意識を感じ取っていた。そうして勢いよく研究室に向かって壁抜けをする。


「いや、来たぞ!」

「な、どうやって?」


 突然現れた俺にメガネのヒョロガリは悪党のテンプレのような顔をして驚いている。俺はその質問には答えずに、今度こそと、この極悪な男に襲いかかった。


「アイツを離せーっ!」

「く、くそっ!」


 男はまたさっきと同じように俺を倒そうと銃口を向ける。俺が同じ攻撃に二度やられると思っているのだろうか。一度攻撃を受けた事で何となくその仕組みを把握していた俺は、銃弾が体に到達する瞬間に壁抜けを意識して体の霊密度を変える。

 すると、案の定銃弾は俺の体をすり抜けていった。


「そんなものはもう効かん!」


 俺はドヤ顔で男に向かって勝利宣言をする。そうしてとりあえず一発殴ろうと右手を大きく振りかぶった。この男に幽霊パンチが効くがどうかは一種の賭けなものの、俺の姿が見えている以上は何らかの効果はあると信じて、それ以外の余計な事は一切考えなかった。

 そうして俺の拳が男の頬に向かって振り下ろされようとした瞬間、男の顔が強気に歪む。


「ならばこれだ!」


 男は研究室の制御装置を素早く操作して電撃的なエネルギーを俺に浴びせかけた。攻撃モーションの途中で強烈なエネルギーを衝撃を受けた俺は、ダイレクトにダメージを受ける。

 体中に高圧電流が流れるような、そんな耐えきれないほどの強い痛みが走った。


「ぐああああ!」

「伊達にこの手の研究はしてないんですよ。あなた方の方は5年も前に調べつくしました」


 くそっ、男の方が上手だったのかよ。俺は男の余裕ぶった下卑げびた顔をにらみつけながら、またしても意識を失う。この一部始終を目の当たりした男の子は、倒れた俺に向かって必死に声をかけていた。


「おじちゃん、おじちゃん!」

「これはこれで面白いサンプルが手に入りました。くっくっく……」


 男は研究室の機械を操作して倒れた俺をマニピュレーターで掴む。そうしてそのまま特殊な箱の中に押し込まれてしまった。どうやらこの俺すらも何らかの実験に使うつもりらしい。

 助けに来たのに……勝算はあったつもりなのに……世の中にはとんでもないやつもいるものだな……くそっ。

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