第4話 捕えられた男の子

「うわあああ!」

「あの声!」

「え? ちょ……」


 その声の雰囲気からすぐに非常事態だと察した俺は、レイコをほっぽりだしてすぐに声の聞こえてきた方向に飛び出した。当然、突然動き出した俺の行動を読めなかった彼女はびっくりして戸惑っている。

 けれど、俺は何のフォローもしなかった。そんな事をする余裕がなかったのだ。今、男の子に何らかのピンチが迫っている。助け出さねばと言う想いが俺のスピードを加速させ続けていた。


 壁抜けをしながらまっすぐに声のした方向に飛んでいくと、白衣でメガネのテンプレ的な科学者っぽい風貌のヒョロい男と、手錠をされて連れ去られていく男の子の姿を確認する。

 あの男に捕まえられた時に、男の子は悲鳴を上げたのに違いない。2人に近付くと、その想像が正しかったと確認出来るような会話が聞こえてきた。


「全く、手間をかけさせてくれましたね。戻ったらお仕置きです」

「やめろ!」

「おじちゃん!」


 俺が辿り着くと、男の子は不安に怯えていた表情から安心した表情に変わる。俺は多分見えていないだろう男に向かって、ありったけの声を張り上げた。


「その子を離せ、このド変態!」

「はい? こいつは僕の所有物だけど?」


 何と、この男も俺の姿が見えていた。かけている眼鏡が特殊仕様なのだろうか? しかも、当然のように全く動揺もする事なく会話をしている。一体何者なんだ。

 男の放った言葉も問題だった。なんとこの男は男の子を自分の所有物だと言い放ったのだ。たとえ親子であったとしても、そう言う認識は非常識だ。


 それに、どう見てもこの男と男の子は似ていない。魂の波動だって全然違う。確実にこの2人に血縁関係はない。

 俺は男の子をモノ扱いにするこの男に腹が立った。それで、一発殴ってやろうと向かっていく。


「問答無用!」

「ウザいよ、君」


 俺が襲いかかろうとしても、男は全く冷静さを失わなかった。そうして白衣のポケットから銃らしきものを取り出すと、俺に向かって引き金を引く。霊体の俺にそんな物が効く訳がない。間抜けなヤツだぜ。

 と、そう思って避けないでいたら、その銃から放たれた弾丸は俺の体にめり込み、中で留まって炸裂した。次の瞬間、俺は力を失い、バタリと地面に落ちる。一体何が起こったって言うんだ。


「おじちゃぁーん!」


 薄れゆく意識の中で男の子の声だけが耳に届く。助けなくちゃ……助けなくちゃいけないのに……。

 その内に視界は真っ暗になり、俺は何も分からなくなる。



 それからどのくらい経っただろう。地面に寝そべった俺の背中をさする誰かがいた。その刺激で少しずつ意識が戻ってくる。こんな事をするのは、腐れ縁のあの少女しかいない。

 やがてその仮説を証明するかのように、聞き慣れた女子高生の声が聞こえてきた。


「……ちょっと、ねぇちょっと!」

「何だお前か……」

「こんな所で寝て、何があったの?」


 レイコは心配そうに俺を見つめている。霊体の俺が死ぬ訳がないのにな。起こされた当初は強がって平気そうな表情を浮かべていた俺も、その内に体調も段々戻ってくる。それと同時に徐々に記憶も蘇ってきた。


 自分が今ここに寝っ転がっていた理由をハッキリ思い出せた瞬間、俺は反射的に起き上がる。そうして、俺はすぐにあのマッドな博士に連れ去られた男の子を助けに行こうと、この場から速攻で離脱した。


「あいつがやべぇ!」

「ちょ……待ってよ!」


 俺の背後でレイコが何か騒いでいるが、振り返る余裕はまったくなかった。そんな事よりもあの男の子だ。幸い、あの子の気配はまだ残留していて、それを辿ればどこに隠れていようと見つけ出せる。

 俺ははやる気持ちを抑えながら、全速力のスピードを出した。本気を出せば自動車だって追い越せるんだ。どうか間に合ってくれ!



 その頃、当のマッドな博士の研究室らしき部屋では、男の子が謎の機械に貼り付け状態になって固定されていた。見たところ、博士はこの子をその機械を使って何かの分析しようとしているらしい。

 様々な機械的なセッティングを終えた博士は、恐怖に怯える男の子の顔を見ながらニタリといやらしく口角を上げる。


「くくく……実験の再開です」

「誰か助けてー!」


 今から何をされるのか分からない恐怖で、男の子は泣き叫ぶ。この研究室は防音のようで、その叫び声が部屋から漏れる事はない。だからこそ、この悲しい叫び声でさえ博士にとっては甘美なる支配者の喜びの音として心の内に響いていた。


「ふう、心地よい響きです。もっと泣き叫びなさい!」

「わああああ!」

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