第3話 男の子との楽しい時間
「わーい!」
「待てー!」
鬼ごっこなんて何年ぶりだろう。確かレイコから無闇に追いかけられて、流れで鬼ごっこになった時以来だろうか。あの頃も何だかんだ言って楽しかったっけ。
今回は相手が男の子なだけあって、更に楽しい気がする。
本気で追いかけるとすぐに追いつくだろうから、俺は追いつくか追いつかないかのギリギリの速さを保っていた。言ってみれば接待プレイだな。
楽しそうに角を曲がっていった男の子を追いかけて視界が変わった瞬間、俺に向かって何かが飛び出してきた。
「ニャー!」
「おおっ!」
それはこの辺りを縄張りにする野良の三毛猫だった。男の子が捕まえていて、いきなり俺に向かって放り投げてきたのだ。猫は俺の体をすり抜けて走り去っていったものの、この不意打ちに俺はパニックになる。
それで、でたらめに手をバタバタと動かしまくってしまい、この様子を見た男の子はその場で腹を抱えて笑い出した。
「あはは! おっかしー!」
この笑い声で正気に戻った俺は、そのまま男の子に手を伸ばした。からかった罰として、この鬼ごっこを終わらせる事にしたのだ。
「掴まえた!」
「さすがおじちゃん!」
「満足したか?」
俺は出来るだけ穏やかな表情を心がけて男の子に話しかける。とにかく機嫌を損ねないようにして、遊び疲れた所で両親のもとに帰るよう促そうと思ったのだ。
捕まえられてもなおケタケタと元気に笑う男の子はまだ満足していなかったらしく、当然にように次の遊びをリクエストした。
「次はねー、かくれんぼ!」
この無邪気さ、とても拒否出来るものではない。俺は仕方なく男の子に背を向けると、数を数え始めた。今度こそ遊び疲れさせて、この子を満足させないとな。
「……99、100! もういいかーい!」
数を数え終わって声を張り上げると、どこか遠くで返事らしき声が届く。と言う訳でかくれんぼが始まった。この遊びもまた壁抜け出来る俺が有利なんだけどな。
とにかく、もう待つ必要はない。サクッと見つけ出して今度こそ両親のもとに帰るように促そう。
「よし、探すか」
俺はふわふわとゆるく移動しながら、どこかに隠れているであろう男の子を探す。最初はすぐに見つかると思ったものの、これが意外と簡単には見つからない。
ある程度近場をグルグルと探し回った後、俺は適当に探すのを止めてじっくりと考え始めた。
「うーん」
相手は幼い子供、小さくて身軽だからこそある意味どこにでも隠れられる。今更ながら、俺はかくれんぼをしてしまった事を少し後悔していた。
路地裏やら物が無造作に置かれている野外の資材置き場やら、めぼしい場所は徹底的にチェックする。
「ここだ!」
けれど、俺のにらんだ場所はことごとく空振りに終わった。流石にこうなると本気を出さなければいけないようだ。
それにしても、あの男の子がこんなに隠れるのが上手いとは思わなかった。まずはその手腕に俺は感心する。
「あいつ、やるな……」
顎に手を当ててあの子が隠れそうな場所を推理していたその時、唐突に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何やってんの?」
幽霊の俺に声をかけてくるなんてレイコしかない。背後から声をかけられてビビってしまったものの、すぐに俺は冷静さを取り戻した。
「うおおっ! 何だお前か」
「お前とは何よ、生意気言うのはこの口か、この口かっ!」
俺の反応が気に入らなかったのか、彼女は俺の頬を両手でつまむと、そのままびよーんとお餅のように引っ張った。霊体の俺の体はつまむと際限なく伸びてしまうのだ。ただし、つままれると非常に痛い。普段触られる事もないだけに、その刺激は耐えられないくらいの刺激なのだ。厄介な事に、この攻撃はレイコが一番得意とするものだった。
痛みに耐えきれなかった俺は仕方なく、彼女に許しを請う羽目となる。
「うみゃああ……スミマセンスミマセン」
「で、何やってたの?」
「か、かくれんぼだよ……」
レイコに追求されて、俺は仕方なく正直に告白した。すると、彼女は何を勘違いしたのかポッと頬を赤く染める。
「え? やだ……かわいい」
「そーゆーのやめろ!」
俺は可愛がられるのは嫌いだ。まるで愛玩動物扱いされているみたいだからな。だからこのレイコの反応にへそを曲げる。
流石に機嫌を損ねたのが分かったのか、彼女は表情をある程度元に戻して何か喋ろうとしているようだった。
この微妙に気まずい雰囲気の中、俺も言い過ぎたと反省の言葉を口にしようとしたその時、あの男の子の悲鳴がすぐ近くで聞こえてきた。
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