第11話 子犬のワルツ

 オレが運転する車は今、夜の高速を走っている。後部座席では真理絵とねねちゃんが寄り添うようにして静かな寝息を立てている。


 2人と合流し、車に向かうまでにディバインキャッスルで起きたことを聞かされた。


 何でも殺人事件が起きて、偶然そこに居合わせた探偵が事件を解決したらしい。


 漫画みたいな展開だったと真理絵は興奮し、嬉々としてオレに語った。


 実際に死人が出ている出来事を面白おかしく話すのはどうかと思うが、真理絵はそういうやつだ。


 一方でねねちゃんはそんな真理絵を不謹慎でしょと諭していた。


 殺人事件が起きたとなれば、警察から何かしらの連絡が行くのだろうと思ったオレは、車に乗る前にオレのオヤジとねねちゃんの両親に軽く事情を説明しておいた。


「殺人事件ねぇ」


 ひとりごちる。


 ぶっちゃけた話、警察とはどういう形であれ関わり合いにはなりたくない。正確には避けたいと言うべきか。


 ――オヤジのことだから、警察から連絡があったとしてもうまいことやるんだろうけどさ。


 …………


 高速を降りてしばらくすると車は上納市の高級住宅街へと入る。その中でも一等地にある和風な造りの大豪邸の前で車を止めた。


 ここがねねちゃんの家だ。


 車を降りて後部座席のドアを開ける。


「ねねちゃん。着いたよ」


 肩を揺すってやると、彼女は目を覚ました。


 それからトランクに入れていた彼女の荷物を取り出す。


「ありがとうございました」


 深々と頭を下げるねねちゃん。


 ――ホント、真理絵にはもったいないくらいできた娘だ。


「ねねちゃん。ばいばいだよー」


 いつの間にか起きていた真理絵が、後部座席の窓から顔を覗かせ手を振っていた。


「んじゃ」


 オレも軽く挨拶して、再び車を走らせる。


 ここからオレたちの家まではさほど距離はない。


 オレはスピードを落として車を走らせる。


 すると、後部座席にいた真理絵が、運転席と助手席の間を通って前に移動してくる。


「おい! 危ないっつうの! いてっ――」


 手提げかばんを持ったまま移動してくるもんだからそれが横っ面にあたった。


「よいしょ~!」


 真理絵は助手席に座りシートベルトを締めた。


 寝起きのテンションとは思えないほどハイだ。


「あのね~、お兄ちゃんに見せたいものがあるんだよぉ」


「なんだよ。んなの帰ってからでもいいだろ?」


「だ~めっ! いまなの!」


「はいはい」


 ほんと、言動が完全にガキそのものだ……


 ――――


 オレと真理絵は正真正銘血のつながっただ。


 そう……


 真理絵はオレの妹ではなく姉。……こんなナリをしちゃいるがれっきとした姉貴なのだ。


 オレら姉弟はガキの頃、世間とはだいぶかけ離れた境遇に置かれていた。そのせいでいろいろあって、一時いっときだけとある国の研究施設で生活させられていた。


 劣悪な環境下で育ったオレたちにとってはそこでの生活はとても快適だった……んだが、それもすべて奴らの計画の一部に過ぎなかった。その事に気がついたときにはもう手遅れ。


 そこで生活していた全員が研究のモルモットにされて、全員がバタバタと死んでいった――


 最終的に生き残ることができたのはたったの3人。そのうちの2人がオレと姉貴ってわけだ。


 しかし、生き残ったオレたちも平穏無事とはいかなかった。実験による後遺症が残ったのだ。


 オレの場合は普段の生活を送る分には支障がない程度のものだったが、姉貴は違った。


 姉貴の身に起きた異変はいくつかある。


 1つ目は体の成長が止まっちまったこと。見た目がこんなだから高校生として生活しているが、本来ならもう20を超えている


 2つ目は、脳がやられちまったこと。姉貴がオレのことを兄貴だと思いこんじまってるのもこれが原因。正確にはもっと複雑な理由があるんだが長くなるので割愛する。


 そして最後は、姉貴はもう長くないということ。今は延命のために薬を摂取させているが、それはあくまでも延命でしかなく、死を避けることはできない。


 しかも――


 延命のために必要なその薬がオレたちが実験台になったことで出来上がった成果物、『アセンブル』だってんだから笑えない。


 ――――


「みてみて!。ジャジャーン!!」


 真理絵が手提げかばんから何かを取り出した。


「運転中だ。見れん」


「そなの~? じゃあねぇ~」


 そう言って、オレの目の前に手を伸ばしてくる。


「おいバカ! 視界をふさぐな! 事故るだろが!!」


 伸ばされた真理絵の手を片手でどける。


「じゃあこっち見て!」


 このままオレがそれを見なければ、この後何をしでかすかわかったもんじゃない。一旦車を止めて、仕方なく助手席の方に視線をやった。


「……は?」


 真理絵は両手で広げていた。

 

 すみれ色の三角形のサテンが、夜でもわかるほどの光沢を放っていた。


 あり得なかった。


 ――いくら姉弟だからって、自慢気にパンツ見せてくるか普通?


 それに、真理絵がこういう大人っぽい下着を履いていることにも驚きだ。


「アカリちゃんのパンツだよー!!」


「へ? アカリ……ちゃん?」


 ――誰だそれ? ……ん。まてよ……?


「お前それ、盗んだってことか?」


「えへへ」


 照れ笑いを浮かべていた。


 真理絵はバカだった。


「あほか! なに盗んでんだよ! 下着くらいオヤジに言えばいくらでも買ってもらえるだろが!」


「ちがうよー、アカリちゃんのがいいの! おそろいなの!」


 バカな上にヘンタイだった。


 ――だいたい、その人の物を盗んじまったらおそろいにならなくねぇか?


「あとこれも~」


 真理絵がパンツを鞄にしまい。今度はスマホを取り出した。そこには……


「何だそれ!?」


 気色悪りぃ毛の束がくっついていた。


「アカリちゃんのかみの毛~」


 完全にイッちまってた。


「てか、どうやって手に入れたんだよそんなもん?」


「切ったよー?」


「切ったって――」


 窃盗に加えて器物損壊じゃねぇかよ。いや、この場合は傷害になるのか? でも、まぁ、普段を考えれば、それらはかわいいもんだが……


 ――だからって許していいことではない。


 にしても、そのアカリちゃんとか言う人間にちょっとだけ興味が湧いてきた。


 真理絵がこれほどまでに特定の誰かに執着するってのは今までになかったことだ。


 ねねちゃんに懐いてはいるが、あの娘に対して真理恵がアホなことをしでかしたって話は聞かない。


 真理恵を奇行に走るらせるほどの魅力を持っている人間――ってのはどういう奴なんだろうな。


「ところで、こっちの正体がバレたりとか、誰にも怪しまれたりしてないよな?」


「だいじょぶー、……たぶん?」


 ことの重大さがわかってんのかね。


「パパにもじまんしよー」


「それはヤメとけ! いいな?」


「そなのー?」


「ああ、絶対だ」


 オヤジに何を言われるかわかったもんじゃない。真理絵がこんな状態だから、こいつのやらかしたことの注意ってのは全部オレに飛んでくるんだからな。


「はぁ……」


 ため息を付いて。


 ――2人だけで旅行をさせたのは失敗だったか……


 胸の内で嘆き、車の運転を再開した。

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