第10話 新世界より
照りつける夏の日差しを受けながら、わたくしは主人の後ろを歩いていました。主人は柄にもなくわたくしの荷物を持ち汗をかきながら前を歩いています。
普段はあまり気を使ってくれることなどないのに今日はやけに優しいです。
思えば、わたくしをディバインキャッスルに連れて行ってくれたことも不思議ですね。
――夫婦で旅行なんて何年ぶりかしら……
だけど、楽しい思い出になるはずだった旅行も、最悪な思い出になってしまいました。
コンシェルジュのお二人に何があったのかは存じませんが、自分たちの犯した罪と真摯に向き合い、償ってほしいものです。
「おぉ……やっと着いたぞ」
主人の言葉通り、少し先の道路の脇に一台の黒い車が止まっていました。運転席の外には、懇意にしている運転手さんも立っています。
「おかえりなさいませ」
運転手さんが恭しく頭を下げ、主人から荷物を受け取ります。
そのやり取りが珍しいのでしょうか、それとも高級な車の存在が気になるのでしょうか、近くを通る人の注目を浴びていました。
「いつも以上に疲れたのう」
主人は額の汗をハンカチで拭いながら、自分で後部座席のドアを開けて乗り込んでいきました。
いつもなら運転手の方にドアを開けさせるのですが、この暑さの中で彼が荷物をトランクに仕舞い終わるのを待つのが嫌だったのでしょう。
わたくしも主人の後に続いて車の中に入りました。
車内は冷房が効いていて、快適な温度に保たれていました。
「ふいぃぃ生き返ったわい。――って、ぬおっ!? なんじゃ、来とったのか」
主人が大げさに驚いてて見せました。その理由は……
「どうも……」
後部座席には先客がいたからです。
わたくしも何度かお会いしたことのある女性。名前は
わたくしと主人は生野さんと向かい合うように座りました。
いつ見ても綺麗な方だと思います。
赤いフレームのメガネも似合っていますし、肩口まで伸びたサラサラとした髪や、タイトスカートから伸びる白い足もとても魅力的です。
ただ……ムスッとした表情をしていることが多いようで、ここを改善さえすれば、より魅力的な女性になるのにと思ってしまいます。
――そういえば……最近どこかで似たような女性に会ったような……?
荷物を仕舞い終わった運転手さんが車内に入り、車はゆっくりとしたスピードで発進します。
「それにしても珍しいのぅ。お前さんがこんなところまでわしに会いに来るとは。何か急な用でもあるのかのぅ?」
「ええ。まぁ……。強いて言うなら、お別れの挨拶というところかしら」
「なんじゃ? 藪から棒に」
「詳しくは話せないのだけど――」
そう言って、生野さんはわたくしの方を一瞬だけ見ました。
わたくしがいることでできない話、ということなのでしょう。
ですが、彼女と視線が合ったことで、わたくしは先程の疑問の回答に辿り着いたのです。
「思い出しました!」
主人が何事かとわたくしを見ます。
話に水を指してしまったようで申し訳なく思いつつ、主人に「どうかしたのか?」と訊かれ、説明することにしました。
「いえ……、生野さんを見ていて、最近どこかで似たような人を見かけたような気がしていたんです。それで思い出したんですよ」
「似た人? 何じゃそれは?」
「あの人ですよ。ほら、ディバインキャッスルで一緒になった彼女。秘書さんですよ」
「秘書? うぅん? ……お、おぉ!! あの人か。確かに似ているといえば似とるのぅ」
夫婦で会話を弾ませていると、生野さんが首を傾げ「何の話ですか?」と訊いてきます。
「ええと、なんと言っておったかの。確か、ウサギアカリ……じゃったかの?」
「違いますよあなた。ウサギではなくてウサミさんですよ」
「おお、そうじゃったそうじゃった!」
「ウサミ……アカリ……」
生野さんが彼女の名前を呟いたかと思うと真剣な表情で考え事をはじめました。
その態度を見て主人が話しかけました。
「なんじゃ? もしかして知り合いだったりするのかの?」
生野さんは顔を上げると、
「そうね。私の知っている人の中にウサミアカリという人物がいることに間違いないわ。ただ――」
「ただ……?」
「私の知っているウサミアカリは彼女ではなく彼よ」
「ほぅ。同じ名前なのに性別が違うとは、珍しいこともあるもんじゃな。」
主人がうむと感心して言いました。
主人は珍しいと言いましたが、アキラやユウキ、ヒカルなど男女ともにつけやすい名前は多く存在します。アカリという名前も特に性別を限定するような名前ではないように思います。
ですが、わたくしはそれよりも気になったことがありました。
「一つ聞いていいかしら? そのウサミアカリという人物は……本当に女性だったのかしら?」
生野さんの質問は、わたくしが気になっていたことと同じでした。
わたくしはウサミさんが女性かどうかを直接本人に確認したわけではありません。ですので、わたくしたちが勝手に女性だと思いこんでいる可能性も否定できません。
見た目は女性のようでした。声も女性のものでしょう。ですが最近では女性のような振る舞いをする男性もいる事を知っています。
着ていた服は女性物のスーツで下はパンツスタイルでした。
これは失礼に当たるかもしれませんが、胸はないと言っても差し支えないほどでした。
もしかすると、外見が男性で心が女性の方かもしれません。
そして、楡金さんは間違いなく女性だとわかる特徴をしていました。つまり、カップルでディバインキャッスルに来ていたと考えられなくもないのです。
――でもそうなると……女性同士の恋人ということになるのでしょうか……?
少し、頭が混乱してきました。
「ガハハ。何を言う、間違いなく女性だったはずじゃ」
主人は自身に満ちていました。
「未来さんもそう思います?」
「え? え、ええ。おそらく女性だと……」
突然質問され、思わずそう答えてしまいました。
生野さんは口元に手を当て、再び考えごとを始めます。
もしも、わたくしが出会ったウサミアカリさんが男性だったとしたら……
そして、彼女が生野さんの知っている人と同一人物であったとしたら……
そこには一体何があるというのでしょうか?
ほんの少しだけ気になってしまったのです。
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