第8話 悲愴 後編

 アタシはあまり運のいいほうじゃない。ただ、このときばかりはかなりツいていたといっても過言じゃない。


 ディバインキャッスルに一緒に行くことになったほかの客の中には、花屋敷グループの瓜生辰雄に、突然芸能界から消えた伊集院アキラがいた。


 その上別の客には制服に身を包んだ女子高生が2人と胸が大きくてミニマムな女性がいた。


 制服ってのはそれだけで需要がある。


 適当に撮影したもので結構な額で売れる。もちろん目線を入れて売るからプライバシーに関してはモウマンタイ。


 そして胸が大きくて背の低い女性。季節も相まって彼女は結構な薄着、しかも無防備。盗撮が捗りそうな女性だ。栗色の無造作ヘアで顔の輪郭は丸っこくていわゆるたぬき顔ってやつだ。ただし年相応の顔つきをしている。たぶん20代後半だ。

 こういう女の人って一部の男性には非常に人気がある。できればロリっぽい顔つきのほうがいいんだけど、贅沢は言わないでおこう。


 その友人と思われる女性は美人は美人だけど、ただ美人ってだけならぶっちゃけ芸能人にもゴロゴロいるし、そこまでの稼ぎにはならない。


「う~む」


 この旅の中でかなりのお小遣いが稼げそうだ……と、アタシは皮算用を始めるのだった。


 もちろん仕事の方も忘れてないよ。


 …………


 アタシは1人で、与えられた客室でノートパソコンに向かって作業していた。


 ディバインキャッスルであったことをテキストに軽くまとめる作業。編集部に戻ったあと記事担当の人がやりやすくするためだ。

 その傍らで撮影した画像データをSDカードを経由してコピー。何かあったときのために常にバックアップは必要で、ノートパソコンとSDカードの両方に同じデータを保存しておく。そして必要のないデータは削除。


「フフフ……」


 人生ってのはホントに何があるかわからないもんだ。


 伊集院アキラに話を聞こうと思ったら、自分は伊集院アキラじゃないの一点張りでまったく相手にされなかった。

 瓜生辰雄に関してはプライベートだからと取り合ってはくれなかった。


 そもそもアタシはインタビュー系の仕事に精通してないから勝手がわからなかったってのもある。


 知りたい情報を吐き出させるってのは誰にでもできることじゃないんだなって改めて思い知った。


 そう聞くと、何だまったく成果はなかったのか――って思うでしょ?


 ところがどっこい、なんとアタシは偶然にもクスリの取引き現場をカメラに収めることができたのだ! しかも購入者はあの伊集院アキラだった。


 いち早く彼の素性に気づいたアタシは城内で彼を尾行した。ひどく周りを警戒してたかと思ったらこれだ。


「アタシってばチョー冴えてない!?」


 こんなすごい情報を持っているのが、世の中にアタシだけってマジで凄いと思わない?


 しかもそのあと伊集院アキラが部屋で死んでる状態で発見されるんだから神がかってる。


 もちろんその写真もいただいた。


 この2つのスキャンダルだけでも編集長は大喜びに違いない。雑誌の売上も延び延びで特別ボーナスとかもあったりして!


 その上、ムネ子ちゃんのあられもない姿を撮影した写真に、女子高生の日常風景みたいな写真。


「ここは金のなる木ならぬ金のなる城。パラダイスっ!!」


 そんな甘々な考えにどっぷりと浸かりながら画像の仕分け作業に取り掛かる。


 そして、アタシは突然の睡魔に襲われ、いつのまにやらそのまま眠っていた。


 …………


 部屋の扉の方からガチャガチャと音が聞こえる。


 その音で意識がゆっくり戻っていく。


「……アタシ、寝てた?」


 部屋の中にかすかに甘い香りが漂っているような気がした。


 アタシのつけてる香水のニオイではない。部屋にも芳香剤の類は置いてない。


 ――でも、どこかで嗅いだことがあるような……?


 ニオイの出元をたどるように部屋の入口を確認しようと、テーブルに突っ伏していた体を起こそうとしたその瞬間――


「がは――ッ!?」


 脳天に電気が走った。


 アタシは再びテーブルに突っ伏す。


 脳みそが揺れているようで、暗い視界の中に光の点がクルクル回っている。


 人の気配……


 そこでようやく自分が頭を殴られたのだと理解した。


 そいつは、背後からテーブルの横へと移動した。


 視線を上げれば顔が確認できそうだ。


 そいつは開きっぱなしだったノートパソコンを閉じて、上から思いっきり何かを叩きつけた。反動でマウスがテーブルから落ちる。


「う……そ……」


 そいつが手にしていたのはアタシの大事なカメラだった。


 ――なんてこと……してくれちゃってんの?


 せっかくのスクープ! これを持ち帰るまでは……なんとしても……!


 痛みに耐えながら顔を上げて、アタシを殴ったやつに文句のひとつでも言ってやろうと意気込む。


 アタシの視界に映ったのはカメラを振り上げている“女”の姿だった。


 こいつ……!?


 その女がカメラを振り下ろした瞬間アタシの意識は途切れた――


 ……………………


 …………


 雑誌『月刊実話タブー』廃刊のお知らせ。


 平素より『月刊実話タブー』をご愛読いただき誠にありがとうございます。


 本タイトルは諸般の事情により、本号を持ちまして廃刊させていただく事となりました。


 これまでご愛読いただきました皆様のご期待に沿えず誠に申し訳ございません。


 これまでのご愛読に厚く御礼を申し上げますとともに、寛容なるご理解をいただけると幸いでございます。


 重ねて、本当にありがとうございました。

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