第7話 悲愴 中編
高校卒業後、仲のよい友人たちがこぞって大学に進学する中アタシは就職の道を選んだ。
その理由は、アタシの置かれている環境がガラッと変わったから。一番の変化は、兄の盗撮が原因でパパがスタジオをたたむことになったからだ。
そりゃそうよね、盗撮犯の親がやってる写真スタジオって、字面だけ見れば怪しすぎるから。ケンエンしちゃうのもうなずける。
そんなわけでアタシも遊んでられなくなったってわけ。さすがに、趣味でやってる盗撮の収入だけでは生活で生きないし、仮にそれができたとしても、親に「お前どうやって金稼いでるんだ?」って聞かれたら説明できないからね。
就職したのは小さな出版社。自分のカメラの腕を生かした仕事がよかったからそこに入った。
だけど時代は出版不況。自分が撮影した写真が雑誌に掲載されるのは嬉しいけど、本が売れなきゃこの仕事は続かない。
アタシのいる編集部が発行している雑誌が徐々に部数を落とし、ただのカメラマンであるアタシまでもがネタ集めに駆り出されることになったのは、入社からちょうど2年目のことだった。
――――
「アタシはただのカメラマンだっての……」
ボヤきながら街を歩く。
最初のうちはなんとかしてネタを探さなきゃって思いもあったけど、日が経つにつれてただ街を散歩するだけの毎日になっていた。
ただ歩いているだけじゃネタなんて探せっこないのはわかってるけど、そもそも取材班に付いて行って写真や映像を撮る仕事しかやってこなかったアタシにネタ集めなんて無理な話だ。
「こりゃ辞めどきかもね~」
けど、今の仕事を辞めたとしても次に行くアテがない。
フリーでやっていくにもこの業界にはアタシよりも腕の良い人間はいくらでもいるし……
未だに続けてる、盗撮写真や盗撮動画の広告収入だって学生のお小遣い程度だ。それで生活していくのは絶対無理だし。
「はぁー」
幸せも匙を投げるほど盛大なため息を付くと、
「あれ!? もしかしてミカじゃない!?」
アタシの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
顔を上げると、そこにいたのは親友のミコトだった。
偶然出会ったアタシたちは流れで近くのカフェへ行くことになった。
ミコトは高校時代に仲良くなった友人だ。別に久しぶりの再開ってなわけでもなく最後に会ったのはつい2週間ほど前だったりする。
「この時間だとミカってば仕事中でしょ? もしかしてサボり?」
「違うし。これが目に入らないわけ?」
カフェのテーブルに置いたカメラを軽く叩いてみせた。
「でもさ、ミカってば高校んときも四六時中カメラ持って歩いてたじゃん」
そう言えばそうだった。
つまり、カメラを持って歩いていた、と言うだけではアタシが仕事中だという証明にならないわけね。
「で、今仕事中なの?」
「うん。まぁね」
「ほんとに? 全然そんな風に見えないんだけど……」
訝しがるのも無理はない。
アタシは今自分が置かれている状況をミコトに説明した。
「なるほど。ネタ探しねぇ」
ミコトが腕を組んでうぅんと唸る。
「なんかいいネタ知らない? ほかのメディアがつかんでないような話」
「ええ!? わたし一般人だよ? ニュースを受け取る側なんだから、こっちが知ってるスクープなんてどれも全部二番煎じだって」
「いやまぁ、そりゃそうかもだけど……」
やっぱりそんなに簡単にうまい話にありつけるなんてないか……
アタシがあきらめかけたその時、「そういえば」と、ミコトはなにかに気づいたふうだった。
「ほら、高校の頃同じクラスにいた浦和さんっていたでしょ?」
「うん。覚えてる」
成績は常に学年トップで浮いた話をまったく聞かない地味な女の子だったと記憶してる。
県外のいい大学にだって余裕で入れるくらいの成績だったんだけど、家があまり裕福じゃなかったせいで地元の大学に進学せざるを得なかったと聞いている。田舎民の辛いとこでもあるよね。
ちなみに彼女が入学したのはミコトの通ってる大学と同じ。
「でさ……」
ミコトが神妙な顔つきになった。
「浦和さん亡くなたんだよ」
「え!?」
寝耳に水ってやつだ。
浦和さんとはただのクラスメイトの関係だったから、こっちに情報が入ってこないのも仕方ないんだけどさ。
「――なんで死んじゃったの? 原因は?」
「クスリって聞いた」
薬……?
真っ先に思い浮かんだのは自殺だ。ドラマとかで目にする睡眠薬を大量に摂取して死ぬやつ。
「自殺ってこと?」
ミコトはううんと首を横に振って、
「覚醒剤だって聞いてる。それで死んだって」
「ええ!? なにそれ!?」
思わず声を張り上げると、周囲の人達の視線を一身に浴びる。
「な、なんでそんなことに?」
慌てて声を潜め、改めてミコトに尋ねる。
「なんかさ、大学行って容姿も性格も変わっちゃって」
「大学デビューってやつ?」
「ううん。入学したての頃は高校時代とほとんど変わんなかったんだけど、一年の夏休みが終わった後から急に変わりだして。――これは聞いた話なんだけど。どうも男ができておかしくなったみたいなの」
「ああ……」
真面目な生徒だったからね。きっと、彼氏ができて浮かれてハメ外しちゃったか、あるいは男にダマされてたか……
おそらく後者だね。
「でね、豹変してから1年くらい経って亡くなっちゃったの。でさ――」
ミコトが身を乗り出すようにして声を潜める。
「亡くなる直前にディバインキャッスルに行ってたらしいんだよね」
ディバインキャッスル――若者に人気の観光スポットだ。
ただ、人気すぎてなかなか行けないのと、そこに行くためにはかなりのお金が必要なはずだ。
――ん? ちょっとタンマ。
「浦和さんはお金なくて県外の大学行けなかったはずでしょ? その彼女がディバインキャッスル? それってあり得なくない?」
「彼のほうが出したって可能性もあるでしょ?」
「そっか……って、男と行ったの!?」
「そりゃそうでしょ。それこそあの浦和さんが1人でがあんなとこ行くなんてあり得ないでしょ」
「いやまあそうだけど」
ミコトは注文していたコーヒーを1口飲んだ。
「……ん?」
「え……?」
「えっ? ――じゃなくて。終わり?」
「終わり」
「いや、終わりって……」
今の話がほかの雑誌が取り上げないような話ってこと?
そりゃまぁ、『ただの一般人がクスリ使って死にました』なんて話どこの雑誌も扱わないだろう。そもそも誰もそんな話興味ないはずで、それじゃあ本は売れないよ。
「あ、なんか勘違いしてるっぽいから言うけどね。なにもわたしは浦和さんの話を聞かせたかったわけじゃなくて、ディバインキャッスルが怪しいって言いたかったのよ」
ディバインキャッスルが怪しい?
アタシの疑問を感じ取ったミコトが「だってさ」と話を続ける。
「浦和さんは死ぬ直前にディバインキャッスルに行ってたんだよ?」
「行ってたんだよ――って言われても」
いくらなんでもこじつけが過ぎる。
「だってさ、昔のディバインキャッスルならいざ知らず。今のあそこって人里離れた山の中にあって人目を避けるようにして建ってるんだよ? 中で何やってても外にはバレないわけだし怪しくない?」
「そう言われるとそうだけど」
どうもミコトはディバインキャッスルとクスリを繋げたいみたいだけど、浦和さんはディバインキャッスルに行く前からそういった危ないクスリに手を出してた可能性だってあるわけで……
「ちなみに彼氏の方はどうしてるの?」
「あ、言ってなかったよね。彼氏も一緒に亡くなってたの」
「それって……クスリ使って心中ってことなんじゃ……」
「違う違う。その2人は彼氏の家で全裸で見つかったの。ここまで言えば2人が何してたかわかるでしょ?」
「ああ……そゆこと」
納得した。
「取り敢えず参考になった」
アタシは礼を言って、仕事の話はやめにして話題を変えることにした。
こんな作り話のようなものでも何もないよりかはマシだと思うことにしよう。
…………
編集部に戻り、ミコトからもらった情報を編集長に話してみた。
「お前、その話どこから仕入れた?」
編集長の声はやけに低いトーンだった。
こっちは、ちゃんと仕事してましたアピールをするために話をしただけで、てっきり、「何寝ぼけたこと言ってんだ!」って返されるかと思ったのに、むしろ逆で、すごく真面目な顔をしている。
アタシは改めてミコトから聞いた話を細かく伝え直した。
「なるほどな。……実はそういうタレコミは前からうちの編集部にあったんだよ」
「そうなんですか!?」
知らなかった。
「ただな、確証はないし、じゃあそれを確かめに行くかって思っても場所が場所だけになかなか取材に行けんだろ? ――特にこれがな」
そう言って編集長は親指と人差指で輪っかを作る。
「だが、今のままではどのみち終わりだ。――どうだ? いっそ賭けてみるか?」
編集長の問いかけに、周りの編集スタッフが乗る。
「え? えぇ!?」
その後、あれよあれよと話が進んでいき、アタシはひとりで――予算の都合で――ディバインキャッスルへ向かうことになってしまった。
…………
さすが人気スポットだけあって、予約を入れてから実際にそこへ行くまでに間が空くことになった。
その間、アタシは独自にディバインキャッスルに関する情報を集めることにした。だけど、ほとんど有益な情報は得られなかった。
ネットのレビューも概ね良好なものばかりで批判はほぼ皆無といっていい。だけど、それが逆に怪しく見えるって考え方もできなくはない。ネットの書き込みなんていくらでも操作できるし。
それと、批判的な情報とまでは行かないけど不思議な情報を得ることはできた。
まったく別のブログに書かれていたディバインキャッスルへ行ったときの感想。
そこには一緒に行くことになったほかのお客さんのことについて触れられていて、その特徴が一致する人物がいたのだ。
それらのブログを書いた人がディバインキャッスルへ向かった日は別々。2ヶ月ほどの開きがある。特徴が一致している人物が仮に同じ人だとしたら、その人は2ヶ月の間に2度そこを訪れていることになる。
ディバインキャッスルは一度に最大13人しか行くことができず、加えてそれが1週間に1度のペース。つまりひと月に最大でも52人で、2ヶ月なら104人の計算。
その間に2度も予約が取れるなんてあり得ない……と、思う。
公式ホームページによれば連続で数回分の予約を取ることはできないと注意書きも出ているし、アタシも今4ヶ月待たされてる。
「もしかして……ホントに何かあったりするわけ?」
…………
そして出発の日。
「いいか? 今日までなんとか持ちこたえてきたんだ。絶対に何かつかんでこいよ!」
アタシの双肩に社運がのしかかった。
「――それから、今回の取材はあくまで客として行くんだ。自分が雑誌の記者であることは気取られるなよ? 今回はあくまで個人。いいな?」
編集長が同じことを繰り返して何度も念押ししてくる。
アタシが記者だってバレたら、クスリを売っている人を警戒させてしまう。そしたらもう、何も得られるものはないとみていい。
こっちだってこの仕事を初めてからそれなりに経験を積んでいる。つまらないミスをするつもりはないよ。
こうしてアタシは単身ディバインキャッスルへと乗り込むことになった。
果たしてそこで何が待ち受けているのやら――
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