第1話 山の魔王の宮殿にて
俺は
この組織が何に対して叛逆しようとしているのか知らないが、金が貰えるなら組織の主義や理念などどうでもいい。
俺の属しているチームはレイブンズの中でも末端も末端。資金稼ぎが主な仕事で、売り物は主にクスリだった。
クスリっつってもただのクスリじゃない。非合法な薬、いわゆるドラッグってやつだ。麻薬や覚醒剤をはじめ、ありとあらゆるブツを扱っている。
そういったものを適当に売りさばくのが俺たちの仕事。ブツはすべて上から流れてくるので、仕入れ業務がない分とても楽な仕事だ。
そして今回、俺が向かわされることになったのは『ディバインキャッスル』と呼ばれる場所だった。
…………
ディバインキャッスル――
この場所がどういうところなのかについては理解していた。当然表向きの話ではなく裏側のことだ。
以前からその場所は、レイブンズ御用達のドラッグ売買所として利用されてきた。
俺がディバインキャッスルに足を運ぶのは今回が初めて。内心かなり緊張していた。
いくらここが閉鎖された空間で、運営サイドも事情を知っているとはいえ、他の客も存在していることは事実。そいつらに俺の正体がバレないかどうかってのが不安だった。
今回クスリを渡す相手の名前は
ディバインキャッスルに着いた後、俺は早い段階で奴を城内の礼拝室に呼び出した。
マスクにサングラスの男。その格好は少々……いや、かなり悪目立ちしていた。事前の情報でこいつが芸能関係の仕事をしている人間だと聞かされていたから、その格好もわからないではなかった。
だが、事情を知らない人間から見ればそれは怪しさ以外の何物でもない。
今回こいつに渡すクスリの名は『アセンブル』と呼ばれる代物だ。
牛山がこのクスリを要求してきたわけではない。事前のやり取りで致死性の高い強めのクスリをご所望とのことでこっちがこのクスリを選んだ。
ほかにも致死性が高いクスリをいくつか扱ってるが、こいつが選ばれたのには理由があった。
――ズバリ単価高いこと。
…………
城内にある礼拝室に来た牛山は俺の前に立つとグラサンとマスクを外してみせた。
その素顔は芸能人特有のイケた顔つきをしていた。
「このクスリ何に使うつもりなんだ?」
俺は牛山に尋ねた。
クスリってのは基本的に自分で楽しむもの。それで致死性の高いものを欲しがるってのは当然自殺が目的ってことになるわけだ。
俺は生まれてこの方自殺を考えたことなど一度もない。そんな俺からしてみれば自殺したい奴の心情ってのに興味があった。
ぶっちゃけ自殺の方法なんていくらでも存在する。
簡単な方法で思いつくのは、線路に飛び込んだり首を括ったりとか、あとは高所からの飛び降りか……
そういった方法がある中で、わざわざクスリを使って死のうってんだから、興味がわかないわけがない。
「僕は芸能活動をやっていた。今は訳あって休業中だがいつか再開するつもりでいるんだ。だが……妻がそれを認めてくれなくてね……」
「なるほど……」
どうやら俺のカンは外れていたようだ。
クスリは自分で使うのではなく……
「邪魔だから殺すってか?」
「あ……ああ! ――知り合いの映画監督がすでに俺の芸能界復帰のサプライズを用意してくれてるんだ! その期待に答えるためにもさっ!」
相当思いつめている様子みたいだ。
牛山は自分の意思を再確認するように拳を握る。その拳を見る目は大きく開かれ危険な色をしていた。
まるで一発キメたみたいなそんな感じ。
――ま、他人の人生など知ったことではない。
こいつが何をしようが、どこで誰が死のうがどうでもいい。
ただ……
「言っておくが、そのクスリはあくまで致死性が高いってだけだ。絶対に人を殺せるクスリじゃない。わかってんのか?」
一応忠告だけはしといてやる。
「あ……ああ!! 死ななかったら……ほかの方法をためすさ!!」
牛山は息巻いて、礼拝室を出ていく。
その背に向かって、俺は「ここで会ったことは誰にも言うなよ」と投げかけた。
これでここでの仕事は終了。残りの期間は適当に過ごすだけ……
そう思ってたんだが、このあと俺の予想もしていなかった最悪な事態が発生した。
…………
「大河さん! こんなところにいらしたんですね!」
暇をつぶすため、場内をふらついていた俺はコンシェルジュの女に呼び止められた。
「じ、実は――」
ディバインキャッスル内で死人が出た。死んだのはあろうことか俺がクスリを渡した男。牛山だった。
――冗談じゃない!!
牛山の死などどうでもいい。問題はクスリだ。
死人が出たとなれば警察の捜査が入るってことだ。それをされたら当然クスリの存在がバレる。それだけはなんとしても防がなければならなかった。
ただのクスリなら、牛山が自分で持ち込んで使用していたという可能性を疑ってくれるだろう。
だが、俺の渡したクスリはアセンブルだ。普通に手に入れられるクスリではない。
なんとしても、アセンブルの痕跡を消さなければならない。
そう思っていた矢先、またしても最悪な事態が俺を襲う。
「探偵さんが、みんなに集まって欲しいとのことで」
――探偵だと……!?
利用客の中に探偵がいて、そいつが事件解決に乗り出したのだと言う。しかもそいつはすでに牛山の部屋を調べたらしく、これから事情聴取だそうだ。
――まずい……非常にまずい……
なんとかしなければと焦る俺の思いが通じたのか、探偵の事情聴取はひとりずつ行われることになり、自分の番が回ってくるまで部屋で待機が言い渡された。
これを好機と思い、俺は牛山の部屋へ向かうことにしたのだが……
その部屋に入っていく男の姿を見かけた。そいつは昼に廊下でちょっと会話したニカイドウとかいう男だった。
――なんでアイツが牛山の部屋に?
俺はニカイドウが部屋から出てくるのを待ったが、一向に出てくる気配はない。
「クソっ……」
各人の部屋へ続く廊下は一本道。事情聴取が終わった奴が戻ってきたら、こんなところで突っ立っている俺に疑念を抱くだろう。そうでなくても、今この瞬間にでもどこかしらの部屋から人が出てくる可能性だってある。
――背は腹に変えられんというやつか……
ニカイドウが部屋にいることをわかった上でその部屋に入ることにした。
「おや? どうかしたんですか?」
ニカイドウは驚いた様子でこちらに振り返った。
「もしかしてあなたも探しものですか?」
一瞬ドキリとした。心臓が飛び出るんじゃないかってくらいに。
どうしてこいつは俺が探しものをしに来たとわかったのか。それに、あなたもということは、こいつは今この部屋で探しものをしてるってことになる。
――もしこいつが先にクスリを見つけたらどうする?
クスリは市販薬同様ブリスタに収まっている。だから、パッと見ではそれが非合法なクスリとは思はないはずだが、それでも他人の目に付くことは避けたい。
そもそもとして、最初にこの部屋を調べた探偵に見つかっていなければの話だが……
どうしたものかと視線を彷徨わせているとそれが目に飛び込んできた。
牛山の死体――
こういう仕事をしていれば死体の1つや2つ目にしたことはある。どうってことはない。
重要なのはその死体に刺さっていたナイフだった。
そいつはどう見ても俺のものだった。
「おいおいおいおいっ!! なんで俺のナイフがここに!?」
死体に近づきナイフを抜き取った。
「あっ……」
背後から声が聞こえる。
「ちょっとその行動は軽率でしたね」
「あぁん?」
「今の言動から、そのナイフはあなたのもので間違いないんでしょうが、遺体に刺さっていたナイフですよ、それ」
そう言われて俺は自分がやらかしたことに気付かされた。
おそらくこれが凶器のナイフ。それが俺の所有物で今こうして手にしている――
「おい! 言っとくが俺は犯人じゃねぇぞ!」
「怒鳴らなくてもわかっていますよ。これであなたが犯人だったらかなり間抜けすぎますからね」
鼻につく言い方だった。
それに対して文句の一つでも返してやろうとすると、ニカイドウは何かを探るような鋭い眼光を飛ばして「ただ――」と続ける。
「今の一連の行動を見るに、あなたは死体を見るのは初めてではないようですね。もっと言えば慣れているフシがある」
顎に手を当て考えながら語るその様はまるで探偵のようだった。言ってしまえばさっきのハゲのおっさんよりも探偵らしい。
このままここに長居するとボロを出しかねない。
「いやぁ、しかし探してたもんがこんなとこにあったとはね。ああそうだ、悪いが内緒にしといてくんねぇか?」
「ええ、まぁ、構いませんけど」
少々強引だったかもしれないが、適当を言って部屋を出た。
手には先程まで牛山に刺さっていたナイフ、その刃には血がべっとりと付着している。
「割と気に入ってたんだがな……」
これではもう使いもにはならないだろう……
結局俺はクスリを探すことはできなかった。
…………
それから話はどんどんややこしくなっていった。
新たな被害者がでたり、探偵がもうひとり現れたかと思えば最初に探偵と名乗ったおっさんは実は探偵じゃなかったり。牛山の部屋で俺が思たとおり、ニカイドウが探偵だったことに加え極めつけは犯人がコンシェルジュの男だったこと――
犯人がコンシェルジュの男だったことや、おっさんが自分に疑いが掛かるのを恐れて探偵だと嘘をついたことはまあ納得できる。
だが11人の客の中に探偵が2人もいるってのはどうにも納得し難かった。
運命のイタズラってやつが働いたんだとしてもかなり出来すぎているような気がした。
ま、それはさておき――
問題はこっちの要件だ。
回収しなければならないはずのクスリ。隙を見て牛山の部屋に侵入することができたまではよかったんだが、その甲斐虚しく……結局そいつを見つけることはできなかった。
仮にすべてのクスリが消費されていたとしても、『側』が残っていなければおかしいはずなのにそれすらも見つけることはできなかった。
コンシェルジュの男が殺人現場に偽装工作を行ったという話だから、もしかするとそいつが気づいてうまい具合に回収してくれたのかもしれない。
少なくとも今この状況で犯人であるコンシェルジュとクスリの話ができるはずもなく、俺はディバインキャッスルを後にすることになった。
下山する俺は一つ重大なことに気づいた。
それは、こんな事件が起きたとあっては、もうここはクスリの売買に使えなくなるんじゃないかってことだった。
…………
「処分……だと?」
仕事を終え、事務所に戻った俺にボスが処分を言い渡した。
「ああそうだ」
「今回のことはあくまで事故だろう!? なんで俺が――」
「こういうときは誰かが責任を取らなきゃならん。それはお前も知っての通りだ。でなければほかの者に示しがつかんからな」
理不尽――
そんな言葉が頭に浮かんだ。
――だったら俺はどうすればよかったんだ?
「なぁに。心配することはないさ。処分と言っても命を取ろうってわけじゃない。ちょうど人手が足りない場所があると
「佐伯……」
直接会ったことはないが、仕事のためなら犠牲を厭わない残忍な正確の女だと聞かされている。
キツネ目の女で、普段開くことのないその目で射竦められた人間はまるで石になったように硬直してしまうという噂もあったり、歳を取らないって話も聞いたことがある。キツネ目の魔女――なんてのは誰が言い出したことか。
でもまぁ、女ってのはそういうもんだ。見た目は化粧で誤魔化せるだろうし、整形って手段もある。金さえかければ、見た目はいくらでも取り繕える。
ともかく、トップの命令とあれば俺に反論の余地はない。
「これは決定事項だ。すぐにでも向かってもらうぞ」
「行くって、場所は?」
「なんて言ったかな……確か、
「上納市……」
仕事柄各地を転々とすることが多い俺でも聞いたことのない場所だった。
――ったくどんな田舎だよそこは……
心のなかで悪態つき、俺はボスの言葉に従った。
…………
上納市に来てからおよそひと月半。
暮らしは快適とまでは行かないまでもまあまあだった。
そこは田舎と都会の中間くらいの街で、不便な点はままあるが決して不自由と言うほどではない。
「さて――」
今日も俺はブツの受け渡しへと向かう。
その途中、駅から少しは離れた場所に人だかりができていた。警察の姿もチラホラと見える。
――事件か……?
そういうのはこちらにとっても嬉しい話ではない。
街中を警察が動き回ることになればこっちの仕事にも支障が出る。
――ったく、どこのどいつかしらねぇがこんなときにバカなことしでかしやがって……
その考えは完全に自分勝手な言い分だが、悪態の1つでも付きたくなるってもんだ。
人垣に目をやりながら歩いていると――
「うわっ!」
「おっと、すまん」
野次馬のひとりにぶつかってしまった。
貧弱そうな学生だった。
こちらはサングラスを掛けているとはいえ顔を覚えられるのは避けたい。
俺は足早にその場を後にするのだった。
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