1-4
「さて」
シバの灰色の瞳が私を真っ直ぐ私に向けられる。
「説明してもらおうか、ハイビ」
「もう、なんでそんな冷た〜く一瞥するわけ?チャイ子ちゃん、今の状況も何も分かってないんだから萎縮しちゃうじゃん!」
ハイビはシバの肩をパンチした。
「あのね、昨日の夜事務所の近くで拾った子なの」
「拾った?捨て子なのかしら」
背の高い女がまじまじと私を見つめた。シバと同じ灰色の瞳だったが、冷たさは無く、寧ろ心配そうな色が浮かんでいた。
「それは分かんない。記憶が無いんだって。ウチが聞いたらそう答えたよ」
「じゃあ、このキョンシーみたいな格好してる理由も分からないわけ?」
怒りっぽい女が私の帽子を摘む。
「うん。可愛いけどね!」
「ハイビがそう言うのなら、本当に記憶が無いんだろう」
シバの納得の仕方に、私は少々ひっかかりを感じた。『ハイビがそう言うのなら』?どういう意味だろうか。私のような見知らぬ存在が現れたときに、一晩私と過ごしただけの人間の言葉をそこまで信用するものだろうか。
「バーチャルリアリティについても全く何も知らないみたい。そういう世界があるってことすら知らなかった」
「ここで暮らしてきてそれは有り得ないな」
「だけど、V派についてはちょっと気になるんだって。記憶取り戻すきっかけになるかもだし、ちゃんとウチが目光らせとくから!仲間に入れてもいいかな……?」
上目遣いでシバを見るハイビの姿は、まるでペットを親にねだる子供のようだ。
シバは私に向き直った。
「……それで、お前自身はどうなんだ?諸々よく分かっていない状態で俺たちの仲間になってもいいのか?」
「何も分からないまま、浮浪を続けるよりかは随分マシだと思います。現状、ハイビのことは信用していますし。……とにかく記憶を取り戻すことが最優先だと思っています」
シバは面食らったような顔をした。
「お前、見た目の割に落ち着いた喋り方をするんだな」
「そうなの!チャイ子ちゃんは大人みたいに冷静だし賢いんだよ!きっとウチらの力にもなってくれると思う。だからお願い!」
シバは大きくため息を吐いた。
「今回は特例だからな」
「やったー!ありがと、シバ!」
「マジ?シバって本当にハイビに甘い」
怒りっぽい女が呆れたような声を上げるが、ハイビは構わず飛び跳ねる。そして私の手を取った。
「じゃあ、お待たせしましたチャイ子ちゃん。みんなを紹介するね」
メンバーがその場でフードとマスクを取り払う。みな、思っていたよりも若い顔をしていた。
「じゃあ、年齢順にいこうかな」
一人目、ソテツ。猫背の男で、先程少年を運んで行った人物だ。最年長。
二人目、ツユ。長い黒髪が印象的な、背の高い女性だ。子供好きらしく非常に好意的だった。
三人目、アザミ。怒りっぽい娘。スラッと引き締まった脚が運動神経の良さを伺わせる。
四人目、カズラ。これまで一度も発言していない。小柄な、最年少の少年だ。長く伸びた前髪が目元を隠してしまっている。
最後に、シバ。
「俺はシバ。このチームのリーダーだ」
「もう、ウチが紹介しようと思ってたのに。シバとウチはね、幼馴染なの!」
ハイビのシバへの態度がなんとなく甘えた雰囲気であることに合点がいった。おそらく、シバが兄のような存在なのだ。
「俺たち『カレクサ団』にようこそ、チャイ子」
彼はところどころ傷の跡が残る手を差し出した。私もそれに応じ、晴れて団員の一人となった。
✻✻✻
「そもそも、この団の目的は……何なんですか?」
あのあとビルの地下に移動した私たちは、簡単な食事を摂っていた。フロアの一角に保存のきく食糧を蓄えているらしい。
「それ話すとちょっと長くなるんだよね〜」
ハイビは乾パンを頬張った。
「めっちゃザックリ言うと、助けたい人がいるの」
「助けたい人?」
「お前、V派については記憶がないんだっけ?」
そう問いかけてきたのはソテツだ。サングラスの奥に光る瞳が、私を探っているのを感じた。
「……今のところは」
「そうか。じゃあ、あの女科学者のことも知らないんだな」
私は首を横に振った。
「バーチャルリアリティだなんだって騒いでいるが、いまのあの空間を成立させたのはある一人の女科学者なのさ。そいつを助け出すのが、現時点での大目的ってところだな」
「その女性はバーチャルリアリティを作った……のに『助け出す』んですか?V派の中心人物のように思えますが」
「バーチャルリアリティっていうのは、元々はこんな争いの種ではなくてもっと平和的な、例えば医療目的に使用できるような技術を目指していた」
ソテツは手に持っていたフォークを掲げた。
「このフォークだって、やろうと思えば凶器になるだろう?……要するに、道具は使う人間によって何にでもなり得るんだ。作った本人の意思に関わらずな」
「まどろっこしい言い方。おじさんだって嫌われちゃうわよ」
アザミが呆れたように言った。
「その女性にとって、今の状況は望ましいものじゃないのよ。でもV派がそんな腕の立つ科学者を手放すわけない。それで、自然派の立場や諸々の個人の感情を鑑みて……助け出そうってことになったの」
「なるほど。ちなみに、その諸々の個人の感情と言うのは」
「アンタ、なかなか神経太いわね。遠慮なく質問してくるじゃないの」
アザミが眉根を寄せる。ツユが慌ててフォローした。
「そこはまだ今は話せないかな。追々、ゆっくりお話していくわね」
アザミはツンと顔を背けた。こんな態度ではあるものの、わざわざ分かりやすく説明しなおそうとしてくれたところを見ると根は悪い子ではないのだろう。
すっかり食事を平らげたハイビが立ち上がった。
「さて、そろそろ会議しようか!」
みなゾロゾロと片付けを始める。ハイビは私の方を振り返った。
「チャイ子ちゃんにはまだちょっと話せない部分があるから……あの男の子にご飯を持っていく仕事をお願いしてもいい?」
「もちろん。助手だからな」
ハイビは申し訳なさそうだが、加入したばかりの新人に全てを話してしまうような集団であるほうがずっと不安だ。
いくらかの食料品を抱えて、私はその場を離れた。
✻✻✻
「……本当に入れて大丈夫だったのかな……」
カズラが珍しく呟いた。アザミも深く頷く。
「大丈夫だよ!万が一、億が一何かあったらウチが責任取るし」
こいつの強情ぷりは昔から変わらない。自分の直感は絶対に信じるのだ。実際、外さないのだから誰の手にも負えない。
正直なところ、俺の中にも多少の迷いはあった。だが、ハイビがこう主張するのであればそれに従うべきだと思った。
「一度決めたんだ。こいつを信じよう」
カズラは再び黙り込む。怒っているわけではなく、返答の必要は無いと考えているのだろう。
「それより、あの男の子をどう扱っていくかの方が目下の問題なのじゃないかしら」
ツユが上手く流れを誘導する。ソテツはにやりと笑った。
「まあ、仮とは言え蜂という駒が手に入ったのはなかなか痺れる展開だな」
「あんなヤツ、ボコボコにして吐かせちゃえばいいのに」
「それじゃあ、お前の憎むV派の奴らと同じってことになっちまうけどな」
「わ、わかってるわよ!冗談に決まってるじゃない」
アザミがソテツの背中を蹴飛ばした。ソテツが呻く。俺はそんなアザミを宥めた。
「おい、足癖悪いぞアザミ。ソテツの言うとおり、もっと平和な方法じゃないと意味がない……」
「どうにかして、あの子と仲良くなれないかなあ」
ハイビは自分の膝を抱え込み、俺に困ったような、懇願するような視線を向けた。現時点では俺にはどうしようもないというのに。俺は曖昧な頷きを返すに留めた。
しかし、この荒んだ社会で、今のこの状況で、こんな理想論みたいな言葉を心から言える人間はそうそういない。彼女の心はとても純粋で、誰よりも平和主義なのだ。
自己防衛のために実力行使に及ぶことはあるが、相手を傷つけることはしない。あくまで抑止力として、鍛錬を積んでいる。(それにしたって強すぎて、相手からどう見えているのかは分からないが。)
「ホンットに、あんたってお人好しね」
怒りを通り越して呆れたように、アザミはがっくりと項垂れた。
だが、アザミもわかっているのだ。このハイビの思想が貴重なものであり、俺たちの核であり――何よりV派と俺たちを分かつ要素であることを。
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