1-2

 『なんでも屋さん』。言葉の響きから一瞬ふざけているのかと思ったが、名刺が大量に用意されているところを見るとどうやら本気らしい。

「一体何をする仕事なんだ?」

「ちょっとついて来て」

 ハイビはベージュのカーディガンを羽織ると、入ってきたドアとは反対側にあるドアを開けた。

 途端にがやがやとした人の気配が伝わってくる。驚いたことに、扉の外には地下街が広がっていた。一歩踏み出したとき、通路に線路が敷かれていることに気づいた。

「地下鉄跡か……」

「どうどう?びっくりした?みんな、こうやって地下に住んでるの。ここは商店通りだよ」

 確かに、道の両側には看板や商品が並べられている。

「そろそろ朝市の時間だから、人が増えてきたね。……さて。こっちこっち!」

 ハイビが颯爽と歩き出す。彼女は結構な厚底靴を履いていたが、それを感じさせないような安定感だ。


 その足取りは、『みどりや』と書かれた看板の前でぴたりと止まった。店先に野菜が広げられているところから見ると、おそらく八百屋だろう。

「おばーちゃん!おはよう!」

 ハイビの元気な声に呼ばれて、建物内から老婦人が出てきた。この人が店主であるようだ。

「ああ、おはようハイビちゃん。今日も元気だね」

「うんっ、元気だよー!今日はどこに配達したらいい?」

「そうだね、今日はワラビさんとクヌギさんに届けてくれるかな」

 そう言うと彼女は麻袋を2つ、そして小さな封筒をハイビに手渡した。そのとき、彼女と私は目が合った。

「あら?なんだか可愛い子を連れているじゃない」

「えへへ、なんと今日から助手ができたのです。チャイ子ちゃんっていいます」

 いつの間にか助手にさせられていた私は、慌ててお辞儀をした。

「はい、チャイ子ちゃんね。よろしくお願いします。『みどりや』のミドリです。可愛いから、これオマケしちゃうわ」

 ミドリは側にあったみかんを2つ、私の手の平の上に置いた。みかんは小粒だが実は詰まっているようで、しっかりとした重みを感じた。

「あ、ありがとうございます」

「小さいのに大変ね。お仕事頑張ってね」

 もう一度頭を下げる。ありがとうおばあちゃん、という元気なお礼と共に、ハイビはみどりやの隣の小さな扉を開けた。中は再び階段だった。


「みどりやさんはね、ウチの昔からのお客さんなんだよ。イイ人でしょ」

 結構急な階段だが、彼女は息一つ乱さず話した。私の身体にはやや負荷が強いらしく、息が切れる。

「逆かな。みどりやさんから配達頼まれたのをきっかけに、なんでも屋さんになったの」

「お前は、今いくつなんだ?」

「んー?何歳に見える?」

「……17歳」

「やったあ若く見えるんだ!20だよっ!20歳だから……」

 ようやく階段の終わりが見えた。そこは地上だった。明け方である上に空は曇っており、周囲は暗い。

「こんなものにも乗っちゃうのです」

 薄暗い路地に、真っ赤なバイクが構えていた。『ハイビちゃん号』という金色のロゴマークが街灯の光を反射する。灰色だらけの風景の中で、明らかに異彩を放っている存在だった。

 ハイビは不敵な笑みで『ハイビちゃん号』に跨り、私にヘルメットを投げてよこした。

「さー!助手ちゃんの初お仕事、行ってみよう!」


 ✽✽✽


 ハイビちゃん号は案外快適な乗り心地だった。割と小さめの車体だが、自分も小さいので問題はない。シートが柔らかく、タンデム用のバックレストも取り付けられている。少々大きすぎるヘルメットにはインカムが内蔵されており、運転中でもスムーズにハイビと会話することができた。

「お尻痛くない?大丈夫?」

「それは大丈夫。だが……お前これ、目立ちすぎないか?V派がうろついているんだろう?」

「あはは、そこはほら、ウチのドライビングテクニックでなんとか。『カワイイ』の欲求には勝てなくてぇ」

 そう言いつつ、荒れた舗装の上を上手く走り抜けていく。かなり運転しなれているようだ。


 配達の仕事自体は特に何事もなく完了した。配達先はどちらも老人だった。地上に隠れ住んでいるらしい。二人ともハイビに感謝しきりだった。

「おやつ、いっぱい貰っちゃったね」

 私の腕の中の食べ物たちを見て、ハイビは笑った。両手で抱えるほどの量だ。クヌギという男からの差し入れが特に多い。

「老人は子供に食べ物を与えたがるものだからな」

「孫扱いだよね〜」

 バイクの荷台にボックスが取り付けられているのが幸いだった。ボックスに荷物を詰めてもらうことで、ようやく私の手が空いた。

「ああやってね、地下以外にも人が住んでるの。けど、お年寄りなんかは地下街まで買いにいくのが難しいでしょ?だからお届けしてるってわけ」

 パチン、とヘルメットの顎紐を留めると、ハイビは不敵な笑みを浮かべた。

「ま、今からが本番なんだけど!」


 よく分からないまま、私も身支度を整える。バイクに跨がろうとしたその瞬間、突然ハイビが振り返り、鋭い声を投げかけた。

「誰?」

 彼女の目線は私より更に後方に向けられていた。釣られて振り向くが、人影は見当たらない。しかし、ハイビは確実に何者かの存在を察知しているようだった。

 「そこにいるの分かってるから、出てきなさい」

 数分置いて、建物の間からおずおずと少年が出てきた。12、3歳程度だろうか。痩せた身体とボロボロになった服から、彼が貧困層であることが見て取れる。

「お、おねえちゃんごめんなさい……。さっきその子が食べ物持ってたから、それを……狙ってて……。でももう取らないから、許して下さい……」

 どうやら、先程私が抱えていた差し入れが狙いだったらしい。ハイビはバイクを降りると、つかつかと彼に近寄った。

「嘘だよね」

「え……え?嘘じゃないよ……!」

 泣きそうな彼の表情にも揺らがず、ハイビは彼の瞳を真っ直ぐ見つめた。

「ううん、嘘。。殺したり痛い目に遭わせたりしないから、ちゃんと言って」

 これまでの彼女の私に対する態度からして、ハイビがそこまで言いきるのは意外だった。子供や老人に優しいお人好しのような印象を抱いていたが、少年の言葉を全く聞き入れる気配が無い。

 そんな彼女の姿勢に観念したのか、少年はため息をついた。途端に生意気そうな表情が浮かぶ。

 次の瞬間、少年はハイビを蹴り上げた。いや、蹴り上げようとした。しかし、彼の右脚は、ハイビの右手に受け止められていた。

「はぁ?!なんだお前、力強……おいっ、離せ!」

「ハイビ!」

「大丈夫。ごめんね、チャイ子ちゃん。ちょっとそこで待ってて。……君、いきなり蹴りかからないでよ。ウチ暴力嫌いなんですけど」

「離せ!クソっ」

 少年は左手を振り上げるがそれもあっさりと捉えられ、あっという間にハイビに動きを封じられてしまった。

「ねえ、諦めない?」

「何言ってんだテメェ、諦めるわけねぇだろ!」

「うーん……そっかあ……。それじゃあ仕方ないなあ」

 ハイビはウエストポーチから細いロープを取り出すと、慣れた手付きで彼の手足を縛り上げた。

 私はというと、ハイビの思いもよらない側面に唖然としてしまった。強い。なんでも屋さんなどと軽く名乗っているが、本当に『なんでも』こなしているのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る