第5話 人形師の話




 ミリアス大学のベッド教授を訪ねると、大学構内にある教授の私室に通された。お互いの情報を共有すると、ベッド教授は嬉しそうに微笑んだ。


「なんだよニタニタして」

「地図に使われていた文字が明らかになったからだ。古代ガレム帝国のものだ、それに研究所……その男が言ったとおりの場所に確かにある」

「マジかよ!」


 ハンクとレイヴァンは地図に記されている文章の意味を聞くと、早速向かう事にした。

明後日なら身体が空くそうだが、ハンク達に待つ謂れはない。待っている間にエルドの身に何かあったら本末転倒。

ベッド教授は名残惜しそうだったが、研究所探索の報告をすると約束するとそれで妥協した。


 2人は山がちなアクサム王国北西部に足を運び、高い塀に囲まれた施設に辿り着いた。

継ぎ目の全くない鋼色の塀は高く、首が痛くなるほど仰いでも母屋が見えない。数歩下がっても結果は同じだった。

扉に取っては無く、円形の溝の中に無数のモールドが走っているのみだ。


 記されている文章は、これの開錠手順だった。

ベッド教授が読み解いた記述通り、ハンクが指を走らせると、扉が滑らかにスライドして開いた。

芝の中に絨毯のように敷かれた石の路を渡り、ハンクとレイヴァンは足を踏み入れた。壁や床の構造材は、石でも木でも、ましてや土でもない。


 窓は無く、息苦しい印象を受ける。

長い廊下を、ハンクとレイヴァンは乾いた足音を響かせながら進んでいく。廊下に並んだ扉に取っ手は無く、近付くだけで開いた。

机と椅子のセットが数台、一塊にして並べられ、書類を詰めた棚が壁に背を付けている。


 珍しい道具がそこら中に置かれているが、用途がわからない。

値がつかなさそうだが、置いていくのも勿体ない。持ち帰れそうな品を幾つか荷物に仕舞うと、2人はさらに先に進む。

松明やランタンとは異なる照明に照らされた廊下の先から、クリーム色の甲殻で外皮を覆った怪人が群れで近付いてくる。


 ハンクは変身し、レイヴァンの前に進み出る。

地を蹴り、距離を詰めたハンクに彼らは飛び掛かり、手刀を繰り出す。

ある者は回り込み、蹴りを放ち、組み付きを試みる。ハンクは手刀を繰り出した腕を握りつぶし、蠢く闇を呼び出して怪人の群れを呑み込む。

それ以降も魔物が現れるが、どれも異様な造形をしていたり、見たことのない者達ばかりだった。シルバーエイプ、蜘蛛のように長い8本足のドラゴン…。


 また、設備も奇妙だ。

人体の一部と思しき部位が入った巨大な硝子の筒が並んだ部屋があり、そこにも書類があったが文字が読めないのが惜しい。

床が稼働する吹き抜け構造の部屋を越えると、地下3階に辿り着いたが人の姿はない。


(使われてないんだろうから当たり前だけど、ここで何やってたのかねぇ)


 地下3階で、彼らは男の死体を発見する。

これまでにさんざん見た清潔感がやたらある執務室のような部屋の中に横たわるその人相に見覚えはない。

周囲に手荷物が散らばっており、ハンクはそれを手に取る。手記のようだ。


 手記には、理想の少女を生み出そうとする男の苦悩が記されていた。

声もかけたことのない少女。接点は無く、身分の違う少女と交際することはないと、男は少女の幸福を願って身を退いた。

しかし、少女は流行り病にかかって早逝。男は魔術師だったが、治癒の心得はない。


 男は生命の創造を課題としていたが、新たに少女の再生が加わる。

外見は完全に再生させることが出来た、しかしその御霊を呼び戻すことが出来ない。

5年経とうとも、10年経とうとも、男は「理想の少女」の再生を命題とし続けた。時間が経つにつれ、男の中の少女像と、実在した少女の人物像が乖離していく。


 もとより外見しか知らないのだから当然。

男はやがて、己の思う「理想の少女」に相応しい魂を作成する事に決める。

何度かの試行と失敗の後、人の霊性を抜き取り、無垢な魂を生み出すのだ。

そのようにして幾人かから「人の部分」を抜き取り、2人の冒険者とパーティーを組んで、各地で人の霊性をさらに集めていった。


 恋人が流した赤子を探す男、官憲によって追われる魔女、集めた髪を盗まれた理髪師。

そして、パーティーを組んだ剣士と僧侶。片方は目立った変化が無く、興味を惹かれたが顔を見られるのは拙い。

男は精査することなく逃げ、やがて人造の人間を研究していたこの施設に辿り着き、そして息絶えた。


「ねぇ、これって…」

「おう。ロイ…なのかな、コイツが?」


 死んでるんだけど、とハンクは呟いた。

レイヴァンを人間に近づける光る結晶、あれは人の霊性が目に見える形をとったものだったのではないのだろうか?

荷物を漁ると、霊性の欠片が見つかった。これをハンクが手に入れると、もはや外見は人間そのものにまで成った。


「それにこの記述って…」

「?」

「…なんでもない」


 2人は研究所から脱出し、手記の記述に従ってロイの自宅に訪れた。

レイヴァンの表情は自然で、飲食も可能。排泄や睡眠はしない。彼の家に向かうと美しい少女が独りで留守番をしており、無人だと思っていた2人はたいそう驚いた。


「あら、あの人の香り…ようこそ、お客様。ただいま、ロイは外出しております……」

「ロイは帰らないぜ」

「え?」


 ハンクは少女にロイの手記や装備を渡し、彼を発見した経緯を説明する。

少女は目を伏せたが、大きな感情の揺らぎは見て取れなかった。2人は身寄りのない少女にアマンダと名付け、自分達のパーティーに加えた。

2か月後、屋敷を買い、2人と暮らし始めたハンクは怪奇な事件を追う腕利きとして多少知名度を上げた。

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剣士ハンクは仲間を人間に戻したい。あと1人消えてるんだけど。 @omochi555

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